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 家に帰ったのは、夕食の少し前。  台所に立つ母に、小さく「ただいま」とだけ声をかけて、2階にある自分の部屋に戻った。  自宅から学校までは、40分くらいかかる。  三鷹野高校はその名の通り三鷹市で、俺の家は隣の武蔵野市。  俺の家が市境なので、直線距離ならそんなに遠くもないのだけど、バスが三鷹駅を経由する関係で、そのくらいかかってしまう。  その長い帰り道、俺は考えていた。  先生は、なぜあんな問題を出したのだろう。  問題を出すこと自体は、俺がミステリー作家志望だからということで、理解できる。  でも、休日に特定の生徒と待ち合わせをする意味は?  そこまでして話したいことって?  ひとに聞かせられない話だとしても、さっきみたいに、相談室を『予約中』にしてしまえば済む話だ。  あんな待ち合わせ方では、待ちぼうけになるかもしれない――少なくとも、いまのところ全然解ける気配のない俺からすれば、先生は日曜日を棒に振ってしまう可能性が高い。  ベッドに寝転び、天井を眺めながら、ぼんやり考える。 ――最寄りの嫉妬深いレディに会えるところ。顔はたまにしか出してくれないけど、誰でも入れる  レディに会えると聞いて最初に浮かんだのは、キャバクラとかだった。  そして、なんて稚拙な思考回路だと恥ずかしくなって、自分の頭を叩いた。  そんなところに高校生が行けるはずがないし、あの先生がそんな下世話なことを言うはずがない。  それに、待ち合わせ場所として指定するということは、公共の場所だろう。  学校から一番近い公共施設は、三鷹駅。  恋愛とか嫉妬が関係しそうな待ち合わせ場所はどこかを考えると、駅前のおしゃれなカフェだろうか。  ひとりで入った女性客が、仲の良いカップルを見て嫉妬するとか。 「いや、違うな」  ぽつっとつぶやいて立ち上がる。  机の上で充電していたスマホを手に取り、椅子に座った。  『顔は』たまにしか出してくれない……ということは、裏を返せば、顔は出さなくても常にそこにいるということだ。  嫉妬深い女のひとが、見たくもないカップルの姿を見てイライラしながらも、そこから離れられない。  スマホのロックを解除し、ブラウザを開く。検索窓に、3つの単語を打った。 <三鷹 女性 像>  レディは生身の人間ではなく、女性の像だ……というのはどうだろう。  像は動きたくても動けないし、待ち合わせ場所として正しい。  角度によって見えたり見えなかったりするとか、像のモデルになった人物に嫉妬深いエピソードがあれば、ドンピシャだ。  しかし、ねばって色々見てみたものの、どうやら予想は外れたようだった。  三鷹駅前に馬に乗った女性の銅像があったのだけど、平和の象徴らしい。  それによく考えてみると、角度によって見えなくなるものについて、『たまにしか顔を出してくれない』という言い方をするのは、少し変な気がする。  と考えると、嫉妬深いレディの像は、たまにしか見ることができないよう、普段は意図的に公開されていないものなのではないか。  それに、三鷹の可能性ばかり考えていたけれど、ちょっと足を伸ばして隣の吉祥寺ということも考えられる。 「……あ」  俺ははたと気づき、立ち上がると、本棚の前に移動してしゃがみ込んだ。  下の段にぎっしり詰まった図録や雑誌。  その真ん中に人差し指を差し込み、薄い冊子を抜き取った。 『だいすき武蔵野のまち』  小学校の時に配られた、社会科の副読本だ。  記憶が正しければ、先生の問題の答えはここに書かれているはず。  パラパラとめくると、1番長くページを割かれたその場所に、答えがあった。

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