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「えっと、嫌だったら断ってね? ちょっと市井くんの小説を読んでみたいんだけど。もしよければ、少し見せてくれないかな」 「はい」  自分でも驚くくらい素直に、見せようと思った。  同じく小説を書いているひとに会ったのは初めてだし、本当に小説が好きなんだなということもよく分かるし、何より、騒ぎを聞きつけたときに先生が最初に言った言葉が『おや、いい話』だったので、好意的なのは間違いないと思ったからだ。  スクールバッグのファスナーを開け、中からノートを取り出す。少し緊張しながら手渡した。 「ありがとう」  ノートを横向きにして、ぺらりとめくる。    先生の目線の移動は、すごく速かった。  次々とページをめくっていって、たぶんこれは速読か何かなのだろう。  小説を読んでいるというよりは、テストの採点でもしているかのような、流れ作業に近い読み方。  それでもときどき「ふうん」と言ったり、少し微笑んだりしているから、ちゃんと読んでいるのだということは分かる。  全て読み終え顔を上げた先生は、ノートを開いたままテーブルに置き、ニコニコして言った。 「すごくいいね。面白いよ」 「ありがとうございます」  少し恥ずかしく思いながら、ペコリと頭を下げる。  先生は、テーブルの上でページをめくって指差した。 「この話は途中で終わってるみたいだけど、続きがあるのかな」 「いや、良いアイデアが思いつかなかったので、やめました」 「これ、少し設定を加えたら、こっちの話とくっつけられそうだなって思ったんだけど。もしかして、書いたとき同じ作家の本を読んでた?」  問われて思い返してみると、そういえば、どちらも赤川次郎を読んでいるときに書いた。 「はい。三毛猫ホームズと、幽霊列車を読んでました」 「なるほどね」  先生は、何かを納得したように、クスッと笑った。  こんな風にひとにちゃんと読んでもらったのは初めてだし、しかもアドバイスまでもらえて、純粋にうれしい。  なので俺は、少しだけ勇気を出してみることにした。 「……実は、将来ミステリー作家になれたらいいな、なんてちょっと思ってます」  きっと先生なら、否定したり馬鹿にしたりせず、応援してくれると思った。  でも、その反応は、意外なものだった。 「どのくらい本気?」 「え?」 「ぼんやりとした夢? それとも、叶えたいもの?」  先生の目は、優しいながらに、真剣だ。 「なれたらいいな、くらいでただ書いてるだけなので、具体的に行動してるわけじゃないんですけど……憧れてはいます」 「そっか」  先生は、短く返事をして、ノートを手渡してきた。 「ありがとう」 「いえ、こちらこそ。読んでくれてありがとうございました」  バッグの中へしまっていると、穏やかな声の質問が、もう1度飛んできた。 「市井くん。ミステリー作家になるのは、ただの憧れかな?」  ぱっと顔を上げる。  質問の意図が分からなくて困っていると、先生はにっこりと微笑んだ。 「もし市井くんが本気で作家を目指しているのなら、僕からひとつ、問題を出そうと思うんだけど」 「問題?」 「そう。ミステリー作家の卵さんに、問題」  微笑む瞳の奥に吸い込まれるように、本音がぽろりと口をついて出た。 「作家になって、有名になって……見返したいとかじゃないですけど、大人になったときクラスのみんなを驚かせたいです」 「なるほど、分かりました」  先生は、斜め上に目を向けた。つられて見ると、時刻は15:55。 「じゃあ、市井くんに問題。あさって、日曜日の正午に、ここから最寄りの嫉妬深いレディに会えるところで待ち合わせをしよう」 「嫉妬深い?」 「そう。顔はたまにしか出してくれないけど、誰でも入れるから」  なぞなぞだろうか。全然見当もつかない。 「分からなかったら?」 「月曜日にここで答え合わせかな。でも、推理好きの市井くんなら、きっと分かると思うよ」  先生はそう言って、さっと立ち上がった。相談時間の終わりということだろう。 「分かりました。頑張って考えます」 「待ってるね」  扉のところまで来て、見送ってくれた。 「ありがとうございました。失礼します」 「はい。それじゃあまた、会えたら日曜日に」  とぼとぼと、昇降口へ向かう。 「嫉妬深いレディ……」  先生と仲良くなった女子にやきもちを妬くひとならこの学校にたくさんいるだろうけど、それじゃあひとりに特定するのは無理だと思った。

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