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謎③ 英雄の暗号

【Steady】 stédi  [意味]   定まった、決まった  [用例]   a steady boyfriend   決まったボーイフレンド  辞書にはこうある。しかし。 「俺たち、『ステディな関係』なんですよね? 付き合ってるんですよね?」 「そうだよ。何をいまさら」  金曜日の放課後の、相談室。  ソファで隣同士に座り、なんとなくキスしたり手を触りあったりしながら、聞いた。 「メールアドレス教えてください」 「嫌だよ」  先生はなぜか、連絡先を教えてくれない。  理由は、電話が嫌い、仕事以外でスマホに触りたくない、アプリは入れていないしメールは面倒だという。  でも俺としては、付き合ってるひとの連絡先くらい知りたい。  別に毎日電話したいとかそんなわがままを言うつもりはなくて、ただ、知らされないのは寂しいというだけなのだけど。 「先生と会えないとき、メールしたい。ちょっとでいいから。返事くれなくてもいい」  大げさにしゅんとしてチラッと顔を見てみたら、先生は「うっ」と言って、バツが悪そうにしていた。  もうひと押しか。  そう思ったとき、先生が咳払いをして、あさっての方向を見ながら言った。 「じゃあ、問題を出そう。僕のメールアドレスを当てられたら、自由に送ってくれて構わないよ。どうかね」 「え! やった! 当てます当てます。問題出してください」  前のめりに聞いたら、先生は満足そうにニマニマと笑った。 「僕のメールアドレスは、とある音楽家のラストネームに、そのひとの誕生日の日の方を足したものだ」 「ラストネーム。名字?」 「そうだね。それをいまから暗号にします」  先生は内ポケットからメモを取り出し、1枚破って、万年筆でアルファベットと数字の文字列をさらさらと書き始めた。 ――QJBAAPMMB22 「何これ、全然分かんない。ひとの名前なんですか?」 「うん、ちゃんと人名」  万年筆のキャップを閉じ、先っぽでコンコンと紙を叩く。 「この暗号の方式は、暗号理論上最もシンプルなものとされていて、『(さい)は投げられた』いう有名な言葉を残した人物の名前がついています」 「言葉は聞いたことはあるけど、誰だったかな」  まあ、これはネットで調べれば5秒で分かることだろう。 「動かすのは1つ分だよ。進めるか戻すか、どちらかは教えません」 「動かす? って?」 「それを教えたら意味がないでしょう。自分で考えなされ」 「携帯会社は?」 「白い犬」  そこにひねりはなくてよかった。 「記念すべき1本目のメールは、なるべく情熱的に頼むよ。じゃあね」  時刻は15:55。  先生は、メモを俺のブレザーのポケットに雑に入れて、見送りもキスも何もせずに、無表情で手を振っていた。

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