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 おそるおそるノックし相談室へ入ると、まさかの……先生が、満面の笑みで出迎えてくれた。 「こんにちは、市井くん。友達ができたのかな。良かったね」 「あの、先生」 「佐々木さんは友達が多いからね。これをきっかけにクラスになじめるようになってくれれば、先生はうれしいな」  嘘くさすぎる。しゃべり方が、猫かぶりの新葉先生だ。 「友達が増えれば、放課後にここへ来ることもなく、遊んだりできるよね」 「先生違うんです! 違う!」 「まどろっこしいメールより、アプリの方がおしゃべりも弾むしね」 「ねえ、聞いてってば!」  上履きも脱がず、タックル同然に抱きついた。 「俺だって分かんないんです。なんか急に話しかけられて、連絡先交換しよって言われて、名前で呼んでいいかって聞かれて、習い事してるかとか聞かれて……してないって言ったら、じゃあ今度遊ぼうねとか軽ーく言われて……女子の社交辞令とか分かんないし俺もうどうしたらいいんですか? すごい申し訳ないけど、佐々木さんと遊ぶ時間があるなら先生と会いたいです」  本気でどうしたらいいか分からなくて泣きついたつもりだったのだけど、先生は、噛み殺せないほどニヤニヤしていた。 「ふうん。そう。そうなの」 「そうですよ。どうしたらいいんですか? カウンセラーの先生なら対処法くらい分かるでしょ?」 「とりあえず、キスさせなさい。不愉快なものを見させられた詫びも入れられていないしねえ」  頬を両手でむぎゅっと固定されて、そのまま軽く口づけられた。  すぐに顔が離れたので、うつむいて早口に謝る。 「ごめんなさい、やな思いさせて」 「冗談だよ。顔を上げなされ」  見上げたら、先生は優しく笑っていた――猫かぶりのやつではなく、どちらかというと、布団の中の顔。 「佐々木さん、何か事情があるかもしれないね。でなきゃ、いきなり根暗な君と友達になりたがるわけないもの」 「……容赦ないですね」 「事実でしょ?」  確かに先生の言う通りで、佐々木さんが何の理由もなしに俺に興味を示すわけがない。  最初の話では『クラスで嫌な目に遭っていないか心配』というようなことだったけど、ただのお節介なら、連絡先や、放課後の予定まで聞いてくるのはおかしい。  複雑な気分ではあるけれど、向こうに事情がありそうだ。 「古今東西、暗い少年が急に女の子に交際を申し込まれるのは罰ゲームであると、相場は決まっているのだけどね。彼女がそんな幼稚な遊びをするとは思えない」 「ねえ、先生。本当に俺のこと好きなんですか?」 「何をいまさら。こんなに可愛いのは他にいないよ」 「じゃあそのナチュラルに悪口言うのやめてもらっていいですか」  先生は、あひる口をきゅっと結んだ――楽しそうで何より。 「佐々木さんから何かアクションがあったら、すぐに連絡を寄越して」 「どういう意味ですか?」 「君が小娘に取られないように見張るのと、普通にカウンセラーとして、心配だから」  分かりました……と言ったそばから、スマホが震えた。送り主は佐々木さんだ。 [里帆です! 連絡先教えてくれてありがとう。よろしくね♡] 「女子って、こんな簡単にハートマークをつけたりするもんなんですか?」 「そういう子もいます」  当たり障りなく、こちらこそ、というような文面を作って送る。  ほどなくして戻ってきたのは、驚くべきもののような、予想の範囲内のような……そんな内容だった。 [あしたの放課後、会えない? 遊ぶとかじゃなくて、ちょっと話したいだけなんだけど……]  先生は腕組みした。 「これで考えられるのは3つ。ひとつは、何かの勧誘。怪しい団体かネズミ講か、なんなのか。もうひとつは、カツアゲ。行ったら不良の男子に囲まれるパターンだね。可愛い女の子がグルというのはよくある。そして最後は、佐々木さんが何かに困っていて、早急に大河に助けてもらいたいと思っている」 「カツアゲはないと思いますけど」 「だといいね」  佐々木さんと少しやりとりをした結果、あしたの放課後、三鷹駅前のカフェで話すということになった。  そして、当然のごとく、先生も見にくるらしい。  着流しではなく普通の洋服を着てくることを条件に、飲んだ。

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