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7 性に翻弄される
なんでこんなことになったのだろう──
最初のバース検査では俺はβだと判断された。まあそもそもバース性を持たないかβの人間が殆どを占めるのだから、βと言われても俺はこれといって何とも思わなかった。ただβの場合、極稀に後天的に性が変わることもあるので二次検査が必須だった。でもその説明を聞いていた時だって自分には関係のない事だと思い真面目に先生の話など聞いちゃいなかった。
「なあ……何か空気が変じゃね?」
忘れもしない高校一年の夏。男子校に進学していた俺は教室にいた。
真夏の暑い日、窓を閉め切った教室は勿論エアコンが効いていて快適な室温に保たれている。この日のこの時間は担当の教師が休みで自習時間に充てられていた。静かな教室で誰かがぽつりと漏らしたその一言で、一部の生徒も同じようなことを呟き始める。中には窓を開ける奴もいて外の暑い空気が一気に室内に入り込み、何も感じていなかった俺は只々それが不快だった。
「甘ったるい匂い……なんだ? うわ……ヤベ……コイツが匂ってんの?」
ざわざわと落ち着かない雰囲気の中、自分が何故だか注目されていることに気がつき動揺した。最初は何も感じていなかった俺も段々と変な気分になってきてしまい、体が火照って息苦しくなった。見回りの先生もこの時はまだ来ておらず、皆の射るような視線に恐怖すら覚えた。いつのまにかクラスの何人かに囲まれていて、その表情が俺の知っているいつものクラスメイトと全く違うことに気付くも時既に遅く、数人に体を押さえつけられてしまっていた。
俺のバース性二次検査が行われる日の一週間前の出来事だった──
あっという間に俺は椅子から引き摺り下ろされ、何人かに羽交い締めにされ服を脱がされた。何が何だかわからないまま、息苦しくなり欲情した。誰かの「こいつきっとΩだ」のひと言にハッとする。噂に聞いていた「Ω」の性。Ωの発情期 に当てられた者は、αは勿論βも理性を失い欲望に抗う事が難しくなる。ましてや思春期で血気盛んな年頃。理性などで押さえることのできる人間などここには存在しなかった。自分がΩだったという事実と今置かれている状況。初めて体験する自身の発情期。その恐怖よりも上回るこの淫欲に俺も抗う事ができず、自分を弄る手に縋り抵抗なく体を開いた。
気がついたら俺は保健室のベッドの上にいた。俺の発情期に影響されなかったバース性を持たない生徒が、事の異常さに慌てて先生を呼びに行ったらしい。俺は目覚めるなり鬼の形相の保健医にこっ酷く怒られて罵られた。
俺が悪いのか? そもそもβとして生きてきた俺が本当はΩだったなんて知らなかったわけだし、発情期の知識も無かった。Ωは抑制剤を服用するのが常なのに何の準備もなくのうのうと教室にいた事が非常識だと言われ俺は何度も殴られた。普段優しい保健医が俺がΩだとわかった途端に態度を一変させたのを目の当たりにし、絶望した。寧ろ俺の方が被害者なんじゃないのか? 何故ここまで言われなくてはいけないのか理解し難く、真面目に質問すればするほど先生の機嫌を損ねるらしく話にもならなかった。
この事で俺は「問題児」というレッテルを貼られ、オープンにするのはタブーとされる個人のバース性に関してもこの一件のせいで噂が広まり、結局俺はこの学校にいられなくなってしまった。俺自身、噂や陰口など屁でもない。こんな事はどうって事なかったのに、学校側が俺の存在を許さなかった。自主退学を促され、唯一の家族の母親が泣いて学校に詫びを入れても頑として許されなかった。
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