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8 決意

 母は弱い人だった──  俺は母子家庭で育った。母はΩ性で父親はバース性を持たないノーマルかβだろう。あんなのはαじゃないって事はわかる。二人はいたって普通に恋をして結婚をした。母はきっと幸せだったはず。俺が産まれるまでは……  父はαじゃないから二人は「番」の誓約は結んでいなかった。それでもΩである母の父に対する思いや執着は、一方的とはいえきっと番の関係と近かったのだと思う。でも父は自分に向けられた母の愛情だけに飽き足らず、他にも何人とも関係を持ち浮気を繰り返した。開き直り浮気を続ける父に、母は文句も言わず尽くしていた。  αとΩだけにある「番」の関係。Ωの頸をαが噛むことにより番の関係が確約される。これはΩにとっては発情期が落ち着き、精神の安定が約束されるというメリットがある。目に見えない強い繋がりの「番の誓約」。それはお互い愛し合い、文字通り一生を誓える素晴らしい儀式。でも母のように、‪α‬と番わず‪α‬以外の人間と結婚し子を授かることも勿論可能だ。発情期も薬で抑えられるし数少ないαとの出会いより現実的なのもあり、今の時代はこういった夫婦が殆どなのだと思う。  いつしか帰らなくなってしまった父に「捨てられた」とわかった母は、抜け殻のようになってしまった。まるで番の関係をαから強制的に解除されたΩのようだと医者は言っていた。あんないい加減でダメな男でも、母にとってみたら掛け替えの無い大切な人で、番の関係に近い執着で依存していたのだと思い知らされ、俺はそんなΩの性の母を可哀想な弱い人だとそう思っていた。  俺が学校で問題を起こしΩだと発覚したその日から母は俺と目も合わさなくなった。ただでさえ同じ屋根の下にいても会話すら無かったような仲だったのに、もう俺のことは空気か何かだと思っているのか、存在までも無いような扱いをされた。そして高校の退学手続きが済んだ次の日から、母は少しのまとまった金だけ置いて俺の前から姿を消した。  俺は捨てられ独りになった。  唯一の肉親、そして同じΩ性の母は俺の味方になってくれると思っていた。口をきかなくなっても実の親なのだから……俺は見放されるなんて少しも思っていなかった。悲しさや寂しさはあったものの、これから先どうやって生きていけばいいのか、現実的なことばかり頭に浮かんだ。今は悲しんでいる場合じゃない。なんとかして生きて、そして俺の番を見つけるのだと心に誓った。番う相手が「運命の番」ならなお良い。俺のことを認めてくれる人が現れて結ばれたなら、俺は母のようなあんな悲しくて不安定な人間にならなくて済むのだから……  

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