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9 伊吹との出会い
「理玖、ちゃんと飯食ってるか?」
一日休みで昼過ぎまでダラダラと寝ていたら、唐突に頭を鷲掴みにされ乱暴に撫で回された。合鍵を使い勝手に部屋に入ってきて俺に馴れ馴れしく触れるこの男は伊吹 。
「ん……心配ないよ。大丈夫……ほら、顔色だっていいし体だって変わりないよ」
そう言って俺は布団を退け、裸の上半身を伊吹に晒した。半分寝ぼけた頭に伊吹の掌が心地よい。無意識にその手に頭を寄せると、伊吹は嬉しそうな顔をする。「服くらい着ろ、風邪ひくぞ」そう言いながら俺の頬にキスをした。イヤらしさや下心の見えない純粋なキスに、いつも俺の心はフワッと暖かくなる。
「店、まだ行かなくてもいいの?」
ベッドから起き上がり、側に脱ぎ散らかしたままになっているTシャツを着る。時計を見るとそろそろ店に顔を出さなきゃいけない時間だ。
「うん、でも今日は理玖、休みだろ? 店で会えないの寂しいから顔だけ見にきた」
そう言って伊吹はクシャっと笑う。年齢の割に可愛らしい表情を見せる伊吹に俺もつられて笑顔になった。好意が自分に向いていて愛されているのがちゃんとわかるのは素直に嬉しい。伊吹は俺にとって信頼のおける家族、兄貴みたいな存在だった。
伊吹は恩人ともいえる大切な人。
この人との出会いがあったから、俺はこうやって生きてこれたんだ──
今から数年前のあの日、母が家を出て帰らなくなってしばらく経ち俺が最初にとった行動は職探しだった。いくら母が置いていった金があるとはいえ、これだけの金額じゃたかが知れてる。住むところはとりあえずは此処でいいとしても、金がなけりゃどうにもならない。だからといって高校中退で未成年の俺がちゃんとした職に就けるとは到底思えず、年齢を誤魔化して夜の仕事を片っ端からあたっていった。そこで俺を雇ってくれたのが、この目の前にいる伊吹だった。
伊吹の店はボーイズバー。ホストクラブやキャバクラなどの店が軒を連ねる歓楽街の片隅にある小さな店。それでもここ一帯の中では古い店らしく、伊吹は人望も厚く他の店の人間からも慕われていた。初めて面接に行った時、この店の店長だという伊吹と他愛のない話を数分しただけで俺はあっさりと採用が決まった。
「君さ、顔がイイからこっちじゃなくてホストの方が稼げると思うよ?」
伊吹はこのボーイズバーの他にもホストクラブやメンズキャバクラも経営していた。年齢やここに来た経緯など頭の中で嘘や言い訳を必死に考えていた俺は、あまりのあっさりした採用決定に拍子抜けしたし、おまけに顔がいいからという理由だけでこんな事を言う目の前の店長の軽い雰囲気に少し不安になったのを覚えている。
「いや……確かに稼げるとは思うんですけど、あまり人と接するのが苦手というか、女の人がちょっと…… それに多く稼げなくってもいいんです。少なくても安定した収入があれば、それで」
指名制だったり売り上げに応じた報酬などを考えたら、親密な接待行為もない固定給のバーの方が自分に向いていると思い正直に話した。伊吹は「接客業なのに人と接するのが苦手って!」と言い豪快に笑うも、俺のことを気に入ったと言ってくれその日のうちに仕事のことなど丁寧に教えてくれた。
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