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・二人の初夜 -07

 とてもまともには目を合わせていられなくて、視界がゆるゆると下がってしまう。最終的に辿り着いたのは、自分の指が握りこんでさらによれたシーツ。ベッドサイドからの明かりに照らされて作られる、複雑な陰影の波……。 「……さ、さっきは、びっくりして、体がぎゅってなってて、だから……ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ、待ってほしかっただけで、黒也のことを、拒んだわけじゃないよ……。そ、それに、……いま、は」 「いまは?」 「っ……」  訊ねてくる低い声音が、いつの間にか耳のすぐ傍だった。ふわりと、吐息がかかる。黒也の熱い息。章太は自分の内側がひくんと反応した気がして、変な声が出てしまわないように、唇を噛んだ。そうするうちに、膝を乗り上げた黒也の体の重みで、ベッドが小さく音を立てる。  すぐにもこちらに覆い被さらんとしている、大きなシルエット。  オレンジ色の明かりの輪からは外れているのに、逆光のその顔立ちの中で瞳だけがわかる。章太は、それを見上げた。  たぶん、これから自分は、とても恥ずかしいことを言うのだ。大好きな恋人へ向けて。そんなふうにうっすらとした自覚こそあっても、もう止められなかった。 「……い、まは……、ふにゃふにゃで……入りやすい、です……」 「章太」  落ちてくる黒也の声がとても安らいでいて、まるで夢の中へ誘われるみたいだった。本当に体が浮いたような感覚がして、天地が変わる。背中をシーツに預けたはずなのに、その感触はわからなかった。もう、どこへ行くのでもいい。二人いっしょなら。 (くろやが、ここに)  大きく広げた、章太の胸の中。世界でたったひとりのための、この場所に。 (……帰って来て、くれるのなら) 「くろ、や」 「うん。……痛い?」  とろけるような甘い声音で、黒也が訊く。章太は小さく首を振った。 「も……いたく、ない……」  答える自分の声も、なんだか甘えただ。それを自覚したら、もっと甘えたくなる。でも、どうしたらいいんだろう。何かを考えようとする端から、思考がほろほろ解けてゆく。体中がじんじんとしていて、なのに唇だけが寂しい。章太は自身の指を口元に引き寄せた。  そうして、あ、と気付く。自分のいちばん奥深くに、黒也が居る。 「あの、ね……くろや、いっぱい、入ってて……おっきい……よ……?」 「……そういうこと言うと、動くよ」 「? ……ぁっ、んっ……」  黒也の腰から優しく伝わる律動で、声が洩れる。それがゆっくりと止められて、こちらのようすを窺われているのがわかった。平気だよ、と伝えるために、章太は目を上げる。その目線を黒也に受け止めてもらうと、なんだか堪らない気持ちになった。ほっと安心するような、……きゅうんと、なにかがこじれるような。  それはたぶん繋がった体から黒也にも通じていて、さっきよりもちょっとだけ強く、中を穿たれる。 「んぁっ……ぁっ、ぁ、あっ」  そのままゆるゆると抽挿を続けられるのに、どんどん内側の熱が上がってゆく。「気持ちいい?」と訊かれて、「わからない」と首を振った。ただ、ひどく熱い。 「俺はね、章太。……すっげえ、気持ちいい」 「ん……」  黒也のその声を受け止めた耳がくすぐったくなって、章太は首をすくめる。いっしょに、その言葉を受け入れた胸の内側から、ふわっと幸福な波が広がった。どうしなくても、頬がゆるむ。 「くろやが……気持ちいいなら、オレも、気持ちい……、ん、……ん、ふ」  キスをして。  そうして至近距離で見つめ合う黒也が、見たことがないくらい嬉しそうに、幸せそうに微笑んでいてくれるから、なんだか泣き出しそうになった。 (好き……)  この人の「帰る場所」で居られるなら、そのためなら、きっと自分はなんでもする。怖いくらい広がる大きな夜空にだって、手を伸ばす。──絶対に、ここに、帰って来て。 「くろや」  両腕を伸ばして、汗みずくの黒也を抱き締めた。  黒也はこちらがそうしやすいように、体を屈めてくれる。章太の首元に額を落としてきながら、呼吸を短く切るみたいに律動を強く、早くしていった。同じに、器用な片手が章太の下腹部で息づいている熱を握りこみ、刺激してくれる。 「っあ、あ、や、ぁ」  びりりとした快感が高められてゆく。知らない気持ちよさが募ってきて、わななくみたいに腰が浮いた。容赦なくどんどん追い詰められて、まるでどこか遠くへと押し流されてゆくような心地になる。もしかしたら、押し上げられているのかもしれない。章太一人ではとても辿り着かない、夜空の高み。  星の輝く場所まで。 「あっあ、ん、──……っ」  目の裏に、星が降る。次いで、体のいちばん奥に、どろどろに溶けたみたいな熱を感じ取った。その迸りごとに、びくっびくっと、下腹が跳ねる。 (あ、あ、) (……腰が、溶けちゃ……う)  お互いの区別もなくなって、体内からとろかされてゆく。黒也のものと、自分のものと、交じり合う恍惚感の中で、章太は深く満たされながら息を吐いた。 「しょーた、……愛してる」  すべて吐息で出来ているみたいな黒也の声が、耳のすぐ傍に響く。……うん、オレもだよ、と、ちゃんと言葉で応えられたかはわからない。いまは呼吸が乱れきってしまっていて、意識もふわふわと浮いている。  だから指をぎゅっと曲げて、そこに触れている、黒也の手を握った。 「うん……」  黒也はなんだか無防備な声色で頷いて、まだ整わない息のまんま、章太の指先に唇を落とす。甘やかなキス。  それはきっと、決して解かれない約束を結ぶみたいに。  もう、迷わなくていいよ。 (離したりなんか、しない)  こうして手を繋いだ時の、そのやわらかな熱で、オレはあなたの『居場所』になれる。──いつだって、ここに小さな火を灯す。  どんな一日にもやわらかく寄り添うひかりを、二人のために。 『君のための一皿』 終

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