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リヒトとコウヤ・2

 理人に拾われ、この仕事を始めて五年になる。  五年前に不幸な事故で両親を失い、その身一つで東京の地を踏んだ俺はまだ十四歳だった。どういう心境だったのかは思い出せないが、僅かな小銭を手にただぼんやりと電車に乗った記憶だけは鮮明にある。 夜の零時過ぎ、いかがわしいネオンの下を歩く痩せた子供を気にとめる者は一人としていなかった。 具体的な身の振り方を考えていた訳でも、途方に暮れていた訳でもない。両親を失ったこと自体はショックだったが、一人でも生きていける自信は充分にあった。 とは言っても無一文に近いままでは今夜の夕食にすらありつけない。金を借りようにも十四歳という年齢ではどんなに悪徳な金融会社でも相手にしてくれないし、まさか交番で借りる訳にもいかない。 考えながらも猥雑な夜の街を歩く俺の目は、既に一件のビルを捉えていた。 そのビルの四階にある、古びた小さな雀荘。まともな人間が集まるような雰囲気ではないが、却って俺には好都合だった。間違っても保護されたり、警察に通報されることはない。 麻雀の腕は素人に等しかった俺がそこそこ勝てたのは、相手の牌が見えていたからだ。勿論実物を目で見るのではなく、集中するとイメージのようなものが頭の中に浮かんでくる。アガリ牌だけでなく望めば牌の全てが見えたから、俺はそれに合わせて自分の牌を並べればいいだけの話だった。 「ガキのくせにやるなぁ」  絵に描いたような強面の男達の顔から笑みが消えた頃、俺は今後数週間は楽に生活ができるほどの金を得ていた。頃合いを見て卓から離れた自分に男達の憎悪が向けられているのは分かっていたし、尾行されていることにも気付いていた。  最悪の場合は拉致でもされるだろうか。 「なぁ、待てよ」  結局その想像が実際に起こってしまったのだが、それでも最悪という訳ではなかった。 「偉く腕のたつガキだな。その理由を教えてくれれば、幾つか仕事も紹介するぞ」  それが当時二十四歳の壮真理人だった。  俺は連れて行かれた飲み屋で正直に「理由」を話した。  相手の待ちが分かっていたこと、自分がどの牌を引くか分かっていたこと、更に裏ドラが何であるかも分かっていたこと、幼い頃から自分にはそんな透視めいた能力があったこと……。  そう。あの原因不明の高熱から脱した朝、俺の目にはこれまでとは違ったモノが映るようになっていた。それは死者の姿だったり、人の心だったり、伏せられたカードの絵柄だったりと様々だ。幾分か集中しない限りは見えることが無かったから、生活に支障は無かった。それに、俺自身よほどのことが無い限りこの透視を使うことはまず無い。 人に見えないモノが見えたから何だと言うのだ。未来が分かる訳でも無いのだし、死んだ人間や、他人の考えていることが見えたところで何の役にも立たない。 それどころか、死者の中には俺が集中しなくとも自ら存在を気付かせようと近付いて来る者もいて、思い出すのも苦痛なほどの恐ろしい目に遭ったこともある。 「なんだ、自称霊能力者か? 馬鹿げてやがる」  それを聞いた理人は笑いながらビールを呷った。 「十四歳なら仕方ねえか。よし、そんなに言うなら俺の生年月日を当ててみな」 「1988年、6月9日です」  テーブルに肘をついたまま即答すると、そこで初めて理人の顔から血の気が引いた。 「じゃ、じゃあ、俺の出身地は」 「生まれも育ちも東京でしょ」 「む……。それじゃあ、俺の実家で飼ってる猫の名前は」 「ミルクです」 「……お前、凄えな」  その後も幾つか質問をされたが、俺はその全てに答えてみせた。その頃には理人の目は子供のように輝いていて、次々物事を言い当てる俺の不思議な力にすっかり興奮していた様子だった。 「よっしゃ。お前、今日から俺のとこで働け。代打ちの仕事でも紹介しようと思ったけど、その力で他人が儲けるのは勿体ねえ」  そう言って理人はスーツの内ポケットから取り出した名刺をテーブルの上に滑らせた。 「『柳田グループ』……?」 「俺は都内でクラブ経営してて表向きはそこの社長ってことになってるけど、大元の会社はこの辺じゃかなり大規模な組織でさ。キャバクラ、ホスクラ、金融関係、賭場、何でもやってんだよ。だから絶対に食いっぱぐれねえし、お前が十四の未成年だろうと問題無い」 「……そんな大層な会社で働いてる貴方が、俺を使って小金を稼ぐんですか?」 「所詮下っ端なんだよ、俺は。……いいか煌夜。俺達が客にしている富裕層の連中ってのは、不安や心の闇なんかを常人の倍は抱えてるんだ。その隙を上手くついてやれば幾らでも儲けられる。初めは小金でも、長い目で見れば何億って金も夢じゃない。お前が普通に生きてたら絶対に稼げない金額だ」 「僕は別に、そこまで金が欲しい訳じゃ……」 「それほどの能力があって生かさねえのは宝の持ち腐れってやつだ。俺と組めば安泰だぜ。毎日旨いモン食わせてやる」 「………」  そうして十四歳の俺は理人の元で働くことになったのだ。

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