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リヒトとコウヤ・3

 仕事の内容は裏社会に顔の利く理人が引っ張って来た客の悩みを聞き、解決すること。占い業と言えば簡単だけど、事はそう単純なものではない。  何しろ、理人の連れて来る客は大半が「普通の人間」ではないのだ。大手会社社長やその息子、または俺と雀卓を囲んだ男達のようなやくざ者、その愛人。誰も彼もが訳ありで、相談内容も恋愛や仕事で悩んでますなどと言った可愛いものではない。  不倫相手の存在が公になる前にどうにかして欲しい。ライバル会社とその取引相手の弱みを暴いて欲しい。いや、会社そのものを潰して欲しい。認知していない女の子供を遠ざけてくれ。坊ちゃんの暴行・強姦事件を揉み消して下さい。兄弟分を麻薬漬けにして殺した男を探し出して連れて来い。 ……話を聞いているうちに、相手の念に押し潰されそうになる時もある。積もり積もった邪悪な念は俺の精神だけでなく肉体をも攻撃し、客が帰った後にソファに突っ伏してしまうこともしばしばあった。 そもそもの話、客はみんな俺のことを何でも出来る呪術師か何かと勘違いしている。俺は決して人に危害を加えるような力は持っていないし、どうにかしろと言われてもどうにも出来ないのだ。 俺に出来るのは相談を受けて解決策を見つける、或いは助言をするだけ。答えを出すまでにちょっとした調べ物をすることはあるが、それは断じて誰かを呪い殺す方法ではない。  俺が使い物にならないと分かった途端にこちらを詐欺呼ばわりして激高する者もいるが、そういった客は理人がどうにかしてくれる。まあまあと客を宥めて事務所の外へ連れ出し、少しして何事もなかったように戻ってくる。「ハズレ客だったわ」とバツの悪そうな笑みを浮かべて。 「………」  だけど今日の客は建設会社の社長息子。それなら、そこまで悪意に満ちた悩みを持っているという訳ではないだろう。気楽に相談に乗り、気楽に助言してやれば良い。 「おーい、煌夜。昼飯にしようぜ」  応接間から聞こえた理人の声に、俺は急いで顔を洗った。鏡に映る自分の背後には、幼い頃に見た女が立っていた。纏わりついている桜の香りがほんの少し、強くなる――。 「ん。良い顔になったな。今日も美人だぜ、煌夜ちゃん」  理人と向かい合う形でソファに腰を下ろし、テーブルの上に並んだパンに手を伸ばす。 「今日もコンビニのパンですか。覚えてる限り、これで連続一週間ですよ」 「日中は忙しいからな、許せ。代わりに夜飯はいつも豪華だろうが」  肩を揺らして笑う理人の後ろで、軍服姿の男も笑っている。その胸には立派な勲章が輝いていた。それをぼんやりと眺めながらパンを齧ると、やがて満足げな表情になった軍服の男が背後の壁と同化し、消えた。 もしあれが理人の守護霊ならば、俺に憑いているのは桜の女か。そう思うと陰鬱な気分になる。

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