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リヒトとコウヤ・6

「……壮真社長、お久し振りでございます。宮内健太郎です、覚えてますか?」 「ああ、随分でかくなったなぁ。爺さんの葬儀で会った時は中学生くらいだったのに」 「あれから九年ですか、その節はお世話になりました。お陰で僕もようやく父の補佐役的な位置に収まることができました」  いつの間に客が来ていたのか――俺が気付いた時は既にテーブルのパンや飲み物は片付けられ、客用のソファには落ち着いた物腰の若い男が座っていた。 「壮真社長のお噂はこの九年間、ずっと聞いていました。中でも五年前から始めたこの商売については皆さんからの反響も大きいようで」  大手建設会社「宮内建設」の社長息子・宮内健太郎は黒縁眼鏡の向こう側から両の目で俺を見つめている。ねっとりと絡み付いてくるようなその視線に、俺は妙な違和感を覚えた。 ……俺を見ていない。  健太郎の目は俺の僅か数ミリ左側を凝視している。即ち、俺のすぐ後ろ――そこにいる何者かの姿をその目に見ているようだった。 「なんでも、こちらの青年が壮真社長の新しいパートナーだとか。僕はオカルトの類はそれほど信じていないのですが、あまりにも周りの皆が称賛しているものですから……。失礼ながら今日は半信半疑、こうして社長にお時間を頂いたのです」 「構わねえさ、誰だって簡単には信じられないだろうからな。が、俺はこいつに絶対の信頼を寄せている。坊ちゃんもすぐにその意味が分かるだろうよ」 「それほどこちらの青年は凄い方なのですか」 「こいつの名前は煌夜。五年前に新宿で拾ったんだがなかなか面白い奴でな、大抵のことは見通せちまうんだ。初めは株なんかで儲けようと思ったが、そんな汚いやり方じゃこいつの能力が勿体ねえと思ってさ」 「流石は壮真社長です。僕ら凡人とは考え方が違う」 「やめろ、馬鹿」 「しかし社長がそうまで仰るのでしたら、僕も安心して話すことができます」  理人の横で、俺は身を硬くさせて目の前の健太郎を凝視していた。 この男は背後に何かを背負っている。それが何なのかは分からないが、とにかく甘く見ない方がいい。 俺が本能で感じ取った不穏な空気に、当然ながら隣の理人は全く気付いていない。 「で、坊ちゃん。何を煌夜に話したいんだ? ここでの話は絶対に外に漏れないし録音も無しだ、安心して話してくれ」 「ふふ……」  黒縁眼鏡の奥で細くなった健太郎の目は、依然として俺の背後に向けられている。 「実は少し困っていまして。社長も知っての通り、僕は宮内建設の次期社長となる訳なのですが、この不景気で会社の数字も少しずつ右肩下がりになってきているんですよ。親父はまだまだ盛り返せる範囲内だ、って言うんですが……僕は少し不安でしてね」  理人は組んだ足の上に肘をついて身を乗り出し、口を挟むことなく健太郎の話を熱心に聞いている。 「そこで僕は決めたんです。僕には不動産業を営んでいる社長令嬢の婚約者がいるんですが、その婚約を破棄してしまおうかなんてね」 「どうしてだ?」  理人が問うと、健太郎は唇の端を弛めて俯いた。 「僕には婚約者とは別に好きな子がいるんです。その子は会社だの社長だのとは一切無縁のごく普通の子なんですが、どうにも割切れなくて。宮内建設が経営不振に陥る前に、後戻りの出来ない所へ行く前に、その子の幸せを買ってあげようと思いまして」 「幸せを、買う?」 「ええ。勤め先からあがらせて、当面の生活ができるだけの金を渡そうと思っています」

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