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リヒトとコウヤ・7
「なんだ、勤め先って。水か、風か?」
「風の方ですね。可笑しいでしょう、宮内建設の社長息子が風俗なんてやってる子に入れ込んでるんですから」
「……まぁ、何と言うか……」
流石に理人も呆れている。けれど、健太郎の有無を言わさぬ妙な迫力に気圧されて何も言葉が出てこないらしい。
俺は唇を噛みしめて息を飲み、健太郎の一挙一動に目を凝らした。
「自分でも馬鹿なことをしようとしているのは分かってるんです。でも、気持ちを押さえることができなくて……。答えは決まり切っているでしょうが、一度壮真社長の所へ相談に」
「話を整理するぞ。坊ちゃんには社長令嬢の婚約者と、心底惚れた風俗嬢がいる。で、会社の経営が無事なうちに婚約を破棄して風俗嬢に巨額の金を渡そうとしている。……うん、得するのは風俗嬢だけであって、坊ちゃんと宮内社長と婚約者の女性は何の得もないな」
「その通りです。勿論、婚約を破棄するかどうかは相手方の意向によりますが……無一文になった僕と結婚するほど、僕に惚れている訳ではないでしょう」
健太郎が時折こちらへ送ってくる視線は、相変わらず俺の背後にいる何か――即ち「桜の女」を捉えている。実際見えているのかいないのかは分からないが、どちらにしろ健太郎は今、自分の意思で喋っていない。何者かに喋らされている。或いは、健太郎に憑いている何者かが彼の口を借りて喋っているのか。
「でもよ、そんなことしたら折角用意されてる社長の椅子も台無しになるんだぜ。バレなきゃ平気かもしれないけど。……ていうか、バレでもいいのか、坊ちゃんは?」
「そうです。壮真社長はお笑いになるかもしれませんが……」
「笑いやしねえけど、……でもやっぱり」
「理人」
堪らず俺は理人を制した。この場でその問題を健太郎に言っても時間の無駄だ。
「………」
俺は姿勢を正して健太郎に頭を下げた。
「初めまして、煌夜と申します」
「初めまして。お若いですね、お幾つです?」
「十九です。……健太郎さん、一つだけ確認しますけどその〝風俗嬢〟は、健太郎さんに金を要求しているんですか?」
「………」
「自分との関係を婚約者や父親にバラされたくなければ……と、強請られているという訳ではないですか?」
「ふふ……」
指の腹で眼鏡を持ち上げて健太郎が笑い、俺の体に緊張が走る。
「そんなことはありません。全ては僕の意思です。……何か問題でも?」
「いえ。……分かりました。俺も答えを出すのに準備が必要なので、二、三日ほど時間を貰えますか」
「ええ、勿論です。では今日のところは会社に戻りましょうかね」
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