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始動・3
事務所のソファに座ったのは赤シャツの兄貴だけで、取り敢えず残りの四人は帰って頂くことになった。俺達は常に兄貴といる、と文句を言っていた弟分達だが……結局はその兄貴の「スロットでも打って来い」の一声でさっさと事務所を出て行った。
「いや、すまなかった。さっきは頭に血が上ってて、つい」
赤シャツの兄貴が名刺をテーブルに滑らせる。『佐島会八坂一家金城組本部長補佐 権堂國安 』。その肩書きはともかく、権堂と名乗った男はよく見ると二十歳そこそこの若者だった。
「お前が本部長補佐なぁ」
理人も同じことを感じたらしく、目の前の男に訝しげな視線を向けている。
「それで、金城組が俺に何の用だ」
「……今回の件は、組とは関係ねえ。あくまで俺の、俺による、俺だけのための個人的な頼みだ。あんたの噂を聞いてわざわざ来たんだ、知ってることを教えてくれ」
権堂國安が座ったまま理人に頭を下げる。
「何が聞きてえんだよ」
「り、……」
「ん?」
「……リオちゃんの行方が知りてえ」
そう口にした彼の顔はまるで中学生男子のように、極限まで赤くなっていた。
――リオ。その名前は確か……
「人探しか? あんまり得意分野じゃねえな」
「リオちゃんは俺にとってこの世で最後の、女以上の男なんだ。社長、あんたも知ってるだろ。あんたが前にリオちゃんを指名したってウラは取れてんだ。頼む、知ってることを教えてくれ!」
「落ち着けよ、……ええと、國安。俺が知ってるリオって言ったら、あのリオか? 売り専ボーイの」
「そうだ。この世で唯一存在する天使だ」
あの屈託のない笑顔が脳裡に浮かんだ。男を虜にする小悪魔な振る舞いの裏にあった、どこか憂いを含んだ影も。
権堂國安の話をまとめると。
弟の学費を稼ぐために働いていたリオを新人の頃から応援していたが、今日の正午に店で会う約束をしたにもかかわらずリオが無断欠勤していた。
店長に問い詰めたところ、一昨日の出張での仕事が終わってから店には戻って来ていないと言う。連絡もないとのことだった。
「普通に考えて、飛んだんじゃねえの。よくあることだろ」
「リオちゃんは志半ばで飛ぶような奴じゃねえ。最後に会った時だって普通だったんだ」
「もっと良い条件の店に移ったとは考えられませんか。それか、囲ってくれる人ができたとか」
俺が口を挟むと、権堂國安の顔がみるみる蒼くなっていった。
「そんな、俺に一言も言わねえで……」
「だからよくあることだっての。諦めろ。潔く忘れてやれ」
「……あのバキュームは簡単に忘れられるモンじゃねえ」
「マジか」
理人の目の色が一瞬変わったのは置いておくとしても。いずれにしろ、店長や太客に何も言わずというのは少し引っかかる。
俺が受けたリオの印象はただの子供だったが、在籍していた店ではナンバーワンだった訳だから待遇だってかなり良かったはずだ。もっと好条件の店をと言っても東京BMCはそもそもが会員制で、この街の売り専に限って言えば一番稼げる店でもある。この街を出ない限り、店を移る理由がない。
だとしたらどこぞの金持ちに見初められたか、何かをしでかして辞めざるを得なくなったか。それとも、突発的に飛びたくなったか。
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