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始動・5

 理人が当初考えていたのは、「競り落とされた商品を移動準備中に根こそぎ奪う」ことだった。そのためにクラブ従業員の協力を得て、また知り合いのディーラーに金を積んで、理人いわく「三秒で夢の中にトリップするお薬」を用意していたところだったのだ。  柳田悠吾は用心深いから、イベント中は常に護衛の黒服と共に商品の傍にいるだろう。  だが、競りが終わってからイベント自体が終わるまで若干の猶予ができる。そういうイベントの際に最後を締めるのは柳田会長の有難いお言葉と決まっていて、更に会長のスピーチは例外なく柳田グループの全員がその場で拝聴しなければならないからだ。会長にスポットが当たる時、常に隣には悠吾の姿がある。その時を狙うつもりだった。  監視の目がなくなる空白の時間――それが数分か数十分かは読めないが、ともあれ別室で移動の準備をしている青年達を全員回収し、三台の車に乗せてクラブを出る。  時間計算や具体的な方法をこれからじっくり練るつもりだったが、どうやら競り自体を阻止しなければならなくなりそうだ。詰まるところ、かなりハードルが上がったことになる。 「頼む。頼む頼む、頼む。リオちゃんを助けてくれ。この通りだ。金なら幾らでも払う。社長!」  國安の悲痛な叫びが身体中に突き刺さって、全身が焼けるように熱くなる。彼の本気は伝わったが、もう少し落ち着いて貰わないと俺が先に参ってしまいそうだった。 「………」  テーブルに手を付き頭を下げる國安を前に沈黙する理人は、既に新たな計画を頭の中で立て始めているらしい。 「國安さん。二年前のオークションに招待された方のことですが、やはり貴方と同じ職種の方なんですか」 「いや、違う。その人は確か……そうだ、その当時SMをショーとして魅せるデカい店があって、そこのオーナーだったと思う。組とは一切関係ねえ、ただオヤジの知り合いってだけ」 「SMクラブのオーナーなのに『見てられなくて帰った』んですか」  単純な疑問を口にすると、國安が首を横に振って俺の目を見た。 「SMってのは互いの合意と信頼があって初めて成立するものだ。一方的にMを痛めつける訳じゃねえ、それじゃただの虐待だ。よく言うだろ、『本物のSは誰よりもMの気持ちを理解してるから、自分自身も必要とあればMになれる』んだって」 「初めて聞きました。少し興味がありますね、その店はまだ経営されてるんですか」 「おい煌夜、頼むからそっちの道へは行くなよ」 「残念ながら店は今もう無い。ただそのオーナーが目を掛けてた二人組がいて、そいつらは今もフリーでそういう仕事をしてるらしい。変な名前だったからうろ覚えだけど、確か……イーゲルだかエンゲルだか」

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