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決着・6
放たれた弾丸、その刻印さえも。煌夜はその「目」ではっきりと捉えていた。
額が割れる感覚にもはや痛みはない。頭蓋が軋み、筋肉が裂け、皮膚が破れ――その目が完全に開いた時、フロアから全ての物質が消えていた。
「………」
煌夜の体を包んでいたのは桜の香りだった。
高熱を乗り越えて迎えた朝、幼かった煌夜を庭から見上げていた女。
桜の香りで全てを教えてくれていた、この不思議な力を得てからずっと一緒にいた存在。
煌夜が生まれる前だったのか、それとも生まれた直後だったのか。気付けばこの世からいなくなっていた、顔も覚えていない、思い出の一つもない「本当の母親」の温もり。
何かを囁く彼女の声は聞こえない。目を凝らしてもその顔を見ることはできない。
だけど煌夜は悟ったのだ。
この目は、母がくれたたった一つの贈り物なのだと。
「ぐ、ぁっ……!」
気付いた瞬間、跳ね返った銃弾が悠吾の左手に直撃した。
「な、何だ? どうなったんだ」
理人が顔を上げて背後を振り返る。左手から血を流しながら顔を顰めた悠吾が、もう一度銃口を理人に向けた。
「何発でも喰らわせてやんぞ、クソガキ共――」
悠吾の指がトリガーに触れてからその先、煌夜の目には全てがスローモーションに映っていた。
「煌夜っ……!」
驚いた理人の顔も、その声も。見開かれた悠吾の目も。その周りに渦巻いていた黒の念も。
フロアに飛び交うライトも音楽も、床からステージ、天井に至るまで、存在している全ての物を。
「な、何だっ……このガキ、何をしやがっ、……」
煌夜の咆哮と共に、桜色の衝撃がフロア中を覆い尽くして行った。耐えきれず悠吾の体が後方数メートル先まで吹っ飛ぶ。次々と照明が割れ、トランスにノイズが混じりスピーカーが煙を噴いた。カウンターのグラスも、テーブル上の酒瓶も、その場の全てが煌夜とその母の念により弾き飛ばされて行く。
今まで影響を受けるばかりだった。自分の力が体の外に出ることなど一度としてなかった。
全ては愛する男を守るため。開いた第三の目を使うべき、ただ一人の男のために。
「こ、煌夜。お前……」
ガラスを割り壁にひびが入るほどの衝撃であったはずだが、フロア内で唯一、理人だけが全くの無傷だった。
「理人、……すいません。……後は、お願いします」
荒い呼吸を繰り返し今にも意識を失いそうな煌夜。理人は力強く頷き、そっと煌夜の体を床へと寝かせた。
「……任せとけ。一発で終わらせる」
そうして前方に倒れた悠吾に向き合い、その拳を固く握りしめた。
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