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第11話・桜舞う空の下で
煌夜。――煌夜。
小さく俺の名前を呼ぶ声。聞き覚えのある愛しい、そして優しい声。
「煌夜」
薄く開いた視界の中に映るのもまた、見覚えのある愛しく優しい笑顔だ。
「……理人」
気付けばそこは事務所の簡易ベッドの上だった。自分は気を失ったのか、悠吾が銃を向けてきたあの瞬間から先のことが全く思い出せない。
「っ、……」
「大丈夫か? 無理すんな、まだ寝てろ」
ずきずきと額が痛む。単なる頭痛とは違う、皮膚への直接的な痛みだ。触れても怪我はしていないようだが、それは開き切った傷がゆっくりと閉じて行くような、どこかむず痒ささえ感じる痛みだった。
「理人、あれからどうなったんですか。あいつは……柳田悠吾は」
「覚えてないのか」
頷く俺の頬を理人が撫で、言った。
「心配しなくていい。お前のお陰で全部終わった。國安もリオ達も全員無事だ」
「で、でもあいつ、理人のことを撃とうとして……!」
「落ち着け、大丈夫だから」
理人が身を起こそうとする俺の背中を慌てて支える。
どうやら俺はあの時以来、二日間も眠り続けていたらしい。俺が寝ている間に全ては終わったという理人が、順序立てて全てを説明してくれた。
まず悠吾のことだが、最後に理人の拳一発で倒れた彼は今回の失態の責任を、実の父である柳田会長から取らされることとなった。それがどのような形かは知る由もないが、会長の怒りが自分達ではなく悠吾に向かうということは理人も予想していたらしい。
今回のオークションでは巨額の金が動くはずだった。俺達のちんけな反逆よりも、全てを任せていた息子がそれを収めることが出来なかった事態の方が会長にとっては恥であり、決して許すことのできない「結果」なのだ。
柳田グループ真のトップである会長は、俺達の存在など気にもしていない。そんな小さな存在に全てをぶち壊されたのだ、グループの顔に泥を塗ったとして悠吾が取らされる今回の「責任」――考えただけで寒気が走った。
それから、俺達が救出した「商品」の青年達。
彼らは無事、それぞれ帰るべき場所に帰って行った。九人いた青年のうち金欲しさに志願をした者など一人もいなかった。皆借金のカタにされていたり騙されて連れて来られていたりで、あんな目に遭うなど一言も聞いていなかったという。何かあればすぐに連絡をしてくれと名刺を渡した理人に、彼らは何度も頭を下げていた。
それから、リオと國安。
國安はあの後ずっと言われた通り三階にいたのだが、俺を背負った理人と合流して外の車に乗ろうとしたところ、偶然バイクで逃げようとしていたイーゲルとウェルターを発見し制止を聞かず殴りかかって行ったらしい。
バイクの後席に乗っていたイーゲルを引きずり降ろして何発もの拳を浴びせ、理人がそれを止めた隙を見て二人はそのまま逃げた。後から聞いた話だと、イーゲルはかつての先輩だったダリアの店に避難したのだが、事を知っていたダリアからウェルター共々きつい「お仕置き」をされたのだとか。
リオは車の中で目を覚まし、事態の説明を受けて大泣きしたらしい。俺達よりも國安に礼を言えと理人に言われたリオは、その場で國安にキスの雨を降らせて鼻血を出させたとのことだ。
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