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22.無償の愛で咲いた花

 急いでシャワーを浴びて歯を磨いて、外に出る支度を済ませる。適当に服を見繕い、財布とスマートフォンだけズボンのポケットに突っ込む。  そのままの勢いで家を出ようとしたが、玄関の姿見の前で一瞬だけ確認する。よく見ると、ぴょんと外側に髪の毛が跳ねている場所がある。急いで部屋に戻って、大原から借りた帽子を被った。そしてもう一度姿見で確認。よし、完璧だ。 「行ってきます!」  誰もいない部屋に向かって言う。実家にいた頃からの癖だ。まだ早川の一人暮らしの家なので、もちろん返事は返ってこない。でも、これからは違う。行ってきます、行ってらっしゃい。ただいま、おかえり。そう言い合える人が居る。  3階にある賃貸マンションの部屋から階段で一気に駆け降りる。待ち合わせの駅からは徒歩10分程度のこのマンションだが、早川が走れば5分で着いてしまう。こういう時、足が早くて良かったと思う。    マンションの外は、日差しが眩しい。雲ひとつない快晴で、まるで早川の心の中を映し出しているようだ。帽子が飛んでいってしまわないように、抑えながら走った。  駅の階段を駆け上って、改札の前に行くと見慣れた背中を見つけた。  周りのひとより頭ひとつ飛び出た長身のお陰で、すぐに見つかった。 「ナゴ!!」  大きな声で呼ぶと、彼は振り向いてくれた。 「……駿太!」  自分を見つけて、名前を呼んでくれた彼は、穏やかな表情で笑っていた。  なんとなく、以前より上手で綺麗に笑えているような気がする。ああ、こんな顔も出来たのか、と思うと胸がきゅっと締まった。あの困ったような不器用な笑顔も大好きだったが、今のような愛おしさに溢れた笑顔も、すごく大好きだ。 「……っ、なーごぉーーー!!」  この町に、彼がいる。幸せそうに笑っている、彼が居る。  そう思うと堪らなくなり、走った勢いをそのままに、正面から飛び付いた。わっ、と彼は驚いた様子だったが、しっかりと受け止めてくれた。いつもどんな勢いで飛びついても、彼の大きな身体は、何度でも早川のことを受け止めてくれる。 「…駿太、久しぶり。元気だった?」 「うん、元気だった!会いたかった!」  まだ実感が湧かないが、今日からあの家で一緒に暮らすのだ。今まではそれぞれに帰る場所があったが、今日からは同じ場所に帰る。  もう大原がいなくなることはないし、早川が離れることもない。これからはずっと、大好きで大切な人と同じ時間を隣で過ごしていける。 「ナゴ、おかえり!」 「ただいま!」  自分を愛おしそうに見つめる瞳の中で、自分もまた彼と同じ顔をしているのが見えた。ああ、なんて幸せなのだろうか。  幸せが怖いなんて、幸せになる資格がないなんて、もう絶対に言わせない。  幸せの定義なんて無いのだから、ふたりで一緒に作ってしまえばいい。  ゆっくりでいい、自分たちのペースで、ふたりで一緒に。幸せに向かって歩いて行こう。                     おわり      

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