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大原と早川1
「ただいま…」
深夜1時を回った頃、大原はそっと自宅の玄関ドアを開けた。こんな時間だ、もしかしたら、もうすでに寝てしまったかもしれない。帰ったらただいまと言うのは、同棲を始めた時に2人で決めたルールだ。起こさないようにと、小声で言った。
しかし、そんな大原の気遣いは必要なかったようで、リビングの電気は付いたままだった。
「あ、おかえりー」
リビングに行くと、ソファに寝転んだ早川がテレビを見ながら出迎えてくれた。
「まだ起きてたのか」
「うん、明日休みだし、休み明けたら夜勤だし。夜更かししても平気かなって」
「ああ、そっか」
「ナゴも明日休みでしょ?」
「うん、休みだよ」
看護師として病院で働く早川と、喫茶とバーの飲食店で働く大原は、休みの日も違えば、生活のリズムも違う。今のように休みが被ることは、なかなかレアな事だったりする。
割と毎日の生活リズムが決まっている早川は、いつも深夜に帰って、風呂に入って寝るだけ。食事は働いている店で済ませてくるのだ。
ただ、今日は早川が起きているし、明日が休日なので、すぐに寝ないで隣に座って一緒にテレビを見る。
テレビが好きな早川と違って、大原はこれと言って好きな番組が無い。一緒に暮らし始めてから、早川が面白いと言う番組を一緒に見るようになった。
特別だという訳ではないが、こうして隣に座って、同じもの見ながら何だかんだ茶々を入れたりするこの時間が、大原にとってこの上ない幸せな時間だった。
以前はテレビ番組に詳しくなかったが、今は早川が好きな番組をしっかり覚えている。覚えているはずなのだが、今流れている番組は知らないものだ。
芸人が出るバラエティが好きなはずなのに、よく知らないアイドルのトーク番組が流れている。早川がアイドルに興味があったなんて、知らなかった。
「…このアイドル好きだったっけ?」
「えっ、アイドル?うーん、知らないなあ」
そう言って彼はチャンネルを変えた。なんだ、見ていなかったのか。適当にザッピングした後、スポーツニュースの番組に変えた。
今日の早川は少し疲れているのだろうか、少しぼうっとしていて、いつもより元気が無いように見える。
また暫く黙ってテレビを見ていたかと思えば、隣に座る大原に、寄り添うように身体を傾けてきた。もういい時間だし、眠くなってきてしまったのだろうか。
「駿太、眠いのか?」
「ん?いや、別に眠くないけど…」
大原の予想は大きく外れた。では、一体どうしたのだろうか。やはり様子がおかしい。何か悩んでいることでもあるのだろうか。
だったら、気晴らしに何処かに出掛けたりするのもいいかもしれない、と大原は思った。幸い、二人とも明日は仕事が休みだ。
「明日、せっかく休みが被ったから、どこか出掛けるか?」
「えっ、ナゴどこか行きたいところあるの?」
「いや、そういう訳じゃないけど…」
「うーん…じゃあ、家でゆっくりしたいなあ」
いつもだったら出掛けたがるのは早川の方なのに。ますます様子がおかしい。何か落ち込んでいる訳ではなさそうだが、考え事でもしているのだろうか。
「……ねえ、ナゴ」
そっとしておいた方がいいのか、と考えていたら今度は早川の方から声をかけてきた。
「ん?どうした?」
「あ、あのさ…明日ふたりとも休みじゃん?」
「うん、そうだな」
「俺、ナゴが帰ってくる前に、準備、したから……だ、だから…その……」
彼にしては珍しく歯切れが悪い。何か言いたいことがありそうだが、なかなか言い出せない様子だ。心なしか、少し顔が赤い。これはもしかして、照れているのだろうか。
「……今日、シたい」
何を、なんて野暮なことは言わない。真っ赤な顔をして上目遣いで、恥ずかしいだろうに勇気を振り絞って可愛い恋人が誘ってきてくれたのだ。断る訳がない。
返事の代わりに額にキスをすると、照れ臭そうに早川が笑った。
ーーああ、なんて幸せなのだろうか。
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