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お題『むかしむかしの恋心』

 長閑に流れる白い雲と、  新緑が鮮やかな、一面の草原。  古くて狭いアパートから一転、  お前の寝床は、随分と広くなった。  雨風は凌げやしないが、  雨が好きだったお前のことだ。  きっと「濡れるのも悪くない」と笑っているんだろう。  音楽と酒を飽きることなく楽しんだ友人で、  最も長い時間を共にした相棒で、  俺を一人遺して逝った、  憎くて最愛の名が刻まれた墓石。  お前が好きだったウイスキーを、  これ見よがしに呷ってやる。  お前の手が、横からボトルを奪いに来ることは、  もう二度と無い。  悔しくて黙っていたが、  このウイスキーは俺には強すぎて、  お前が横取りしてくれるくらいが丁度良いんだ。  もう一度、俺がお前の隣に行けるのは、  いつになるのかわからない。  お前の分まで、音楽も酒も精一杯愛するから、  もう少しだけ待っててくれ。  その日が来たら、  今度こそボトルとギターを片手に、  二人で語り明かそう。  むかしむかしの、小っ恥ずかしい恋心を。

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