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お題『ただ恋をしただけ』

 殺風景になってしまった部屋と、  床に積まれた段ボール。  お前の転勤が決まって、  遠く離れた九州の地へと発ってしまう今日まで、  あっという間だった。  仕事の後に居酒屋をハシゴして、  何度も終点を逃しては、転がり込んだお前の部屋。  明日からは、この部屋に来られない。  仕事あがりに酒を呑み交わすことも、もう出来ない。  気をつけろよ。  元気でな。  たまには自炊もしろよ。  掛けたい言葉は沢山あるのに、  どれも喉の奥に引っかかって、声にならない。 「じゃあ、そろそろ行くわ。元気でな」  黙ったままの俺に向かって、お前が先にそう言って笑う。 「さっきからずっと黙ってるけど、なんか怒ってんのか?」 「……別に」  俺も笑って見送るつもりだったのに、  ようやく口から出たのは、何とも愛想のない返答だった。  怒ってなんかない。  俺だって、お前に元気で居て欲しい。  なのに上手く笑えないのは、  ただ、お前に恋をしていたから──。 「……お前も、元気で」  今この瞬間、  俺の心も箱の中に押し込んだから、  部屋の荷物と一緒に、  どうか連れて行って──。

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