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『サクラサク』

「あ……あった……!」  大きく貼り出された合格者一覧。  その中に『1107』の番号を見つけて、俺は思わず、手の中の受験票を握り締めて喜んだ。  俺の持つ受験票に書かれた『1106』の文字に、歪なシワが出来てしまったが気にしない。  ──そう。  俺の受験番号は、『1106』。  この番号も一覧の中に無事含まれていたが、俺はそのこと以上に、『1107』の彼が受かっていたことが、嬉しくて仕方なかったのだ。  忘れもしない。  緊張でガチガチだった、入試当日。  同じ中学から受験する仲間は一人も居なくて、俺は不安と心細さでいっぱいだった。  何とか気持ちを落ち着けようと、持参した筆記用具を机に並べようとして、そこで更に心臓が止まりそうになった。  取り出した定規が、真っ二つに折れている。  プラスチック製なので折れることもあるだろうが、どうしてよりによって、このタイミングで!?  しかもこれから入試に挑もうというのに、『折れている』なんて余りにも縁起が悪い。  二つに分かれてしまった定規を手に、顔面蒼白な俺の肩を、不意に叩く手があった。  振り返ると、後ろの席に座っていた見知らぬ受験生が、無言で定規を差し出してきた。 「え……?」  戸惑う俺を真っ直ぐに見つめて、彼はようやく口を開いた。 「定規、無いと困るだろ」 「え、何で気付いて……っていうか、そっちこそ無いと困るんじゃ……」 「俺の方は予備がある」  落ち着いた声でそう告げて、彼はペンケースの中から確かにもう一つ、プラスチックの定規を取り出した。  俺に向けて差し出してくれているのは、より頑丈なアルミの定規だ。 「……ありがとう。でも、それならせめて、俺はそっちでイイよ。丈夫な方は、アンタが使って」 「俺はこっちの方が使い慣れてる。……そっちなら、折れることもないだろうから、落ち着いて集中しろよ」  そう言って、微かに笑って見せた彼の顔に、違う意味で胸が苦しくなった。 『1107』  試験開始のチャイムの直前。  彼の机に置かれた受験票から、辛うじて読み取れた番号。  その4桁を、俺は結果発表の当日まで、決して忘れることはなかった。 「お、あった」  斜め後ろから、聞き覚えのある声がした。  慌てて振り向いた先で、彼が合格者一覧の掲示板を見上げている。  その様子は、あの日と変わらず落ち着いていた。 「あの……! 合格、おめでとう!」  咄嗟にそう声を掛けた俺を見て、少しだけ驚いたように目を瞬かせてから、彼が口許を緩めた。 「お互い『おめでとう』だろ」  彼が俺を覚えていてくれたことに、鼓動が速まるのを感じる。 「……試験の日、定規貸してくれてありがと。アレがなかったら、俺きっとパニクって集中出来なかった」 「大袈裟だな。定規一つで、合格させられるモンでもないだろ」 「でも、俺にとっては何より心強いお守りだった」 「へぇ」と短く呟いて、彼が少し困ったような顔で頸を擦った。  どこか照れているようにも見えるのは、俺の勘違いだろうか。 「まぁ俺も何となく、お前も受かれば良いなとは思ってた」 「え……?」 「真っ青な顔してんのに、先に俺の心配してるような奴だから、受かって欲しいと思うだろ。……次会うときは、同じ制服だな」  その後互いのLINEを交換して、その流れでファミレスに寄った。  お互いの自己紹介に始まって、中学時代の話、高校に入ったらやりたいバイトの話。  それから、二人でどこかへ遊びに行こうという話。  季節はもう春。  膨らみ始めた桜の蕾みたいに、俺の心の中で育っていく、あたたかい感情。  揃って同じ制服に身を包む頃、彼への想いは、少しずつ花開いていくんだろうか。

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