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サイドストーリー2 めぐむキューピッド(8)
数日が経った。
今日は、雅樹の部活が午前で終わるということで急遽デートすることになったのだ。
僕は、逸る気持ちを抑えてムーランルージュへ向かう。
よし。
今日は、ヒトミさんに教わったコーデにチャレンジしよう!
歩きながら頭の中でイメージを膨らませる。
いつもはスカートを穿くのだけど、今日はデニムのショートパンツ。
子供っぽくならないように、ヒールのあるサンダルを履いてっと。
自信は無いけど、これで脚線をアピールできるよね?
いつの僕とは違う雰囲気に、きっと、雅樹は僕の脚に釘付けになる。
ふふふ。
合わせるトップスは、どうしようかな?
そうだ、チェック柄のフリルのブラウス。
少し肩が出るタイプだから、大人っぽく鎖骨もアピールできる。
うん、雅樹は、きっと驚くぞ!
僕の隠れた魅力に、雅樹を夢中にさせちゃうんだ。
ちょっと恥ずかしいけど、ワクワクしてくる。
僕は、意気揚々とムーランルージュに入ろうとした時、突然誰かに抱きつかれた。
「めっ、めぐむ!」
「ヒトミさん?」
お姉さんモードのヒトミさんだ。
僕は、何事かと驚いて目を見開く。
ヒトミさんは、目に涙を浮かべている。
「めぐむ、ありがとう。本当に」
「一体、どうしたんですか?」
僕は、抱きつくヒトミさんを引き離し事情を尋ねる。
ヒトミさんは、目尻に溜まった涙を拭いながら言った。
「タカシさんの所へ行く事になった……」
「あっ、おめでとうございます! じゃあ、デザイナーのお仕事……」
「うん。引き受けることにしたよ!」
やった!
僕は思わずヒトミさんの両手を握る。
ヒトミさんも僕の手を握り返した。
もう、ヒトミさんは、晴れやかな笑顔に戻っている。
僕も嬉しくて笑顔を返す。
ヒトミさんは言った。
「今日、正式にアキさんに話したの。アキさんは、急だったけれど辞める事を承諾してくれたわ」
「そうですか。ヒトミさん、良かったですね!」
僕は、握った手を上下に振る。
ヒトミさんは、僕の顔をうかがいながら、そっと言った。
「ねぇ、めぐむ。あなたのおかげなんでしょ?」
ドキっ。
「いいえ、僕は特に……」
僕は目を逸らした。
ヒトミさんは、クスっと笑い、溜息をつく。
「いいわ、そういう事にしておいて!」
僕は、無言のまま、微笑む。
「本当にありがとね。めぐむ」
と、ヒトミさんの声が微かに聞こえた。
そして、ヒトミさんは、僕の手を離し、さよならのポーズを取った。
「じゃ、あたし、行くね。今までありがとう!」
「はい。ヒトミさん、頑張ってください!」
「あなたもね、めぐむ! じゃあね」
走り出すヒトミさん。
僕は手を振る。
頑張って、ヒトミさん!
そして、さようなら……。
ヒトミさんを見送り、僕はムーランルージュに入った。
スタッフルームのソファには、アキさんが腰掛けていた。
「あっ、めぐむ。おはよ!」
「おはようございます、アキさん」
アキさんは、コーヒーを片手に言った。
「ヒトミに会った?」
「はい、外でちょうど」
僕は、ソファに座りながら答える。
「良かった。ヒトミ、あなたと会いたがっていたから。あの子、今日で最後なのよ」
アキさんは、コーヒーを一口飲んだ。
僕は、姿勢を正す。
アキさんに言わなくちゃ。
今がその時。
「あの、アキさん。お話があります」
僕は、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。アキさん」
アキさんは、驚いた顔をした。
「どうしたの?」
「その、ヒトミさんがお店を辞めてしまたのって、僕のせいなんです」
僕は、ヒトミさんとタカシさんの事をつぶさに話す。
アキさんは、黙って僕の話を聞いていた。
「という訳なんです。だから、僕がタカシさんに余計な事を言わなければ、こんな事にはならなかったんです」
「それで、めぐむは自分のせいって思ったわけね」
「はい」
アキさんは、いつになく真剣な表情になる。
僕のとった行動は、アキさんをがっかりさせたに違いない。
トップキャストの一人を、手離す事になるんだ。
しかも、それだけじゃない。
専属のデザイナー。
ムーランルージュにとってかけがえのない人材……。
アキさんは、僕に良くしてくれた。
いとこ、とまで言ってくれた。
こんなに優しい人なんて、何処を探してもいやしない。
どんなに感謝してもしたりない。
そんなアキさんを裏切るような事をした……。
見限れても当然の事。
でも、僕は後悔はしていない。
ヒトミさんにした事は、ヒトミさんの為だけじゃない。
僕の為でもあるんだ。
人と人とが互いに好きになる。
男とか女とか関係ない。
男同士だって愛を実らせる事が出来る。
僕はそう信じているし応援したいんだ。
そうだ。
きっと、何処かで僕と雅樹の事を重ねていたんだと思う。
ねぇ、雅樹。
雅樹だってそう思うでしょ?
きっと雅樹だって僕と同じ事をしたよね?
そうだね。めぐむ。
雅樹の声が聞こえたような気がした。
僕は、覚悟を決めてアキさんを見つめる。
でも、アキさんは、僕を怒るどころか、僕と同じように頭を下げた。
「じゃあ、わたしも謝るわ。めぐむ、ごめんなさい」
えっ?
僕は、アキさんがとった行動に頭が混乱した。
僕は驚いて声を上げる。
「どうして、アキさんが謝るんですか?」
アキさんは、話し出す。
「実は、ヒトミがデザイナーの事とタカシさんの事で悩んでいたのを、知ってたのよ。それで、私が口を出すとヒトミは素直になれないだろうって思っていてね。そんな時、ちょうどめぐむが現れた。それで、めぐむにキューピッドになってもらったって訳」
僕は、アキさんが言っていることを理解するのに時間がかかった。
「えー! もしかして、最初から知っていて」
「うん」
「僕を差し向けた?」
「うん」
そう言えば、最初のお使い、ちょっと違和感あったのはたしか。
アキさんが浴衣を急がせたのに、直ぐに使わないとか、ひっかかった。
僕をヒトミさんの所、ファニーファクトリーへ行かせるための口実。
そう考えると腑に落ちる。
「だから、ごめんなさい。めぐむ」
「あの、でもそうだとして、僕がキューピッドになるって、どうして分かったんですか? 僕は、何も聞かされて無いのに」
「うーん。どうしてかな。めぐむだったら、きっと二人の事を察して力になってくれるかなって。ほら、めぐむって純粋だし、周りの人を幸せにしちゃうみたいな能力があるから……」
「アキさん、買い被りですよ!」
「ふふふ。でも結果的にそうなったよね。でも、ごめんね、利用したみたいになって」
「それは、いいんです、アキさん。僕は、二人が幸せになる役目を果たせて嬉しいです」
「ふふふ。めぐむならそう言ってくれると思った!」
アキさんは、僕を思いっきりぎゅっと抱きしめる。
僕は、柔らかくて温かいアキさんの胸の中で思った。
ああ、やっぱりアキさんだ。
最初からヒトミさんの幸せを願っていたなんて。
考えてみればそうだ。
他人であっても、恋で悩む人を見過ごせない。応援する。
男同士の恋は、どんなに大変か知っているから尚更。
そうするに決まっている。
だって、何より僕の時がそうだったじゃないか。
ああ、僕はますますアキさんを尊敬してしまうし、好きになってしまう。
うぅ。
でも、苦しい。
息が出来ない。
アキさんの豊満な胸に押しつぶされる。
僕は、やっとのことで声を出す。
「アキさん、苦しいです!」
「ごめんね、つい。あっ、そうだ。ヒトミがめぐむにって、服をたくさん置いていったから受け取ってね」
「本当ですか! 嬉しいです」
あぁ、何という置き土産。
とても嬉しい!
僕がチェリー公園でベンチに座っていると、誰かが横にスッと座った。
「めぐむ、ひどいよ。置いて行くなんて!」
シロがむくれながら言う。
「何言ってるの! 気を遣って置いてきたんでしょう! 自分だって、先に帰れっていってなかったっけ?」
シロは、苦笑いをしたものの直ぐに真剣な顔つきになった。
「なぁ、めぐむ」
「何? シロ」
「ありがとうな」
僕は、シロの意外な言葉に少なからず驚いた。
「えっ? やけに素直だね。シロらしくない」
「俺だって、たまには素直になるんだよ」
シロは口を尖らす。
照れた顔も可愛いんだから。
「ところで、クロ君とはたくさんお話できた?」
「うん。クロのやつ、あっちではご主人に可愛がってもらえているようで安心した」
「そうだね。女の子のように溺愛だもんね。ふふふ」
「あの格好な。ははは。でも、可愛いよなクロは」
「はいはい。ご馳走さま。で、シロ」
「何だ?」
「ずっと、クロ君とエッチしてたわけ?」
僕は、意地悪く聞く。
「えっ! めぐむ、なんて事を!」
予想通りの動揺っぷり。
「図星! 良かったじゃない。ねぇ、また次行くときはお泊りにしよっか? 一晩中エッチ出来るように。ふふふ」
「バッカじゃないの! めぐむは」
シロは、顔を真っ赤にして言う。
「あはは!」
「まったく、めぐむは。おい、俺の頭撫でるなよ!」
僕は、我慢出来ずにシロの頭に手を伸ばしていた。
僕は、シロを優しく抱え込み頭を撫でてあげる。
シロは、今ではすっかり大人しくなって、僕にその身を預けている。
そして、気持ち良さそうに目を細める。
僕は、そんなシロを優しく見つめる。
良かった。シロ。
あんなお別れじゃ悲しいもんね。
そう、あれから一年以上も経つんだ。
レオとの決闘、そしてクロ君との別れ。
ボロボロのシロ。
それでも、クロ君の幸せを願い、ずっと愛し続けた。
僕の恋の悩みをどんな気持ちで聞いてくれていたんだろう……。
きっと、寂しかったに違いない。
優しい子。
僕は、そんなシロが心の底から喜び、そして、笑顔になってくれて、本当に嬉しいんだ。
これからもクロ君とずっと仲良くね。
そして笑顔でいてね。
僕は、ずっと応援しているから!
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