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第10話
僕はこの関係の形を結構気に入ってる。なんでぶっ壊そうとするんだよ。
桐島は僕をちょっと意外そうに見ていた。黙って僕のものでいてよ。僕の気持ちなんか知ろうとするな。
「当たり前じゃん、好きなワケないだろ。自惚れんな」
さらさらの前髪をいじって僕の手垢付けてやった。それじゃ物足らなくてぐしゃぐしゃにした。
「ただカラダがいいだけだよ。触らせてくれるし妊娠しないし、キャーキャーうるさくないし、結婚してとか僕の子供産みたいとか言わないし。勘違いさせた?ごめんね」
「いいや……それなら、良かった」
僕の言ったこと肯定しただけなのにそれがすごく気に入らなかった。負け惜しみみたい!桐島のことなんか、誰も好きになるわけない。達央だって。
「何だよ、それ…」
「頭もカラダもおかしくなったと言うから…」
桐島は僕を嫌がりもしない。あしらうみたいな態度だった。気に入らない。
「そろそろ佐伯が来る頃だろう。じゃあな」
僕の手の中からするする桐島は抜けていく。息が出来なくなるみたいに苦しくなった。風邪治ったのに。達央のところに行かなきゃなのに。かわいい女の子たちがちやほやしてくれるのに。桐島は僕から離れて、僕が行かなきゃいけない方向とは逆に行こうとする。背丈はあるのに細い身体が風が吹いたら粉みたいに吹き飛んで消えそうだった。
「達央の元カノにコクられたんだって?もしかして付き合う気なの?達央のコト好きなクセに達央の元カノと?」
「断った。そんな佐伯を裏切るみたいな真似、これ以上できない」
僕って本当に嫌なやつだな。達央のこと出汁にしてさ。達央が教えてくれたこと使ってさ。ただ桐島が足を止めるなら、そんなことどうでもいいとか思っちゃってさ。しかも求めてる答えじゃないから僕はもっと息が出来なくなる。
「佐伯、佐伯って達央のことしか頭にないのかよ」
振り向いた目が真っ直ぐ僕を見て、「そうだな」って言った。
「だから早く行ってやったほうがいいんじゃないか」
桐島は僕が嫌い。分かってる。分かってて楽しいからもっと嫌がらせしたくなる。分かってる。会いたくなって浮き足立ってたのは僕だけで、桐島はそうじゃないって。僕が居なきゃ桐島はひとりの時間が過ごせて、僕が居なきゃ達央が僕の容態を教えに来てくれる。僕が居ないほうが桐島には良いことのほうが多い。桐島は嫌なやつだ。僕よりずっと嫌なやつだ。
「あんたも来るんだよ、バーカ!バーカ!」
僕は嫌なやつでけれども桐島だってずっと嫌なやつだ。
「後で、また…」
「二度と会わない!」
僕が病人だと思って馬鹿にしてるんだ。達央に慰めてもらうんだから。桐島は絶対してもらえないんだから。大っ嫌い。
達央は会うなり僕を抱き寄せて、達央と僕のファンクラブみたいなのがなんかチョコとかお茶とかコーヒーとかくれた。達央は良かったなって爽やかに笑って、ファンクラブみたいな子たちは僕が休んでた間の達央の奇行を教えてくれた。愛されてるな、達央。僕はファンクラブの中で達央の本命っぽい子を探していたけれども僕は会うこともない場所の子なのかも知れない。流石に大学まで同じ幼馴染は……片田舎ならなくはないな。あれ?幼馴染なんて言ってなくね。ついでに探してたボーイッシュで明るい茶髪の女の子ってのも全部僕の妄想じゃん。まぁいいや。
「桐島には会ったのか」
達央は僕に訊いた。でも反応したのはファンクラブの女の子だった。桐島と違っておっぱいふよふよしてて長い髪巻いてて甘い匂いがしてかわいいな。目も大きいし。睫毛は桐島は化粧してないからフェアじゃないな。あの人だよね、とか頭良さそうでカッコいいよね、とか仲良かったの?とか、達央は質問責め喰らってた。達央は律儀だから一問一答する。僕は達央に肩抱かれながらへらへら聞いてたけれども、前髪下ろしたのカッコよかったよね!って奥の方にいた女の子がいてなんかいきなりモヤモヤした。しかもその子かわいいし。おっぱいは小さいけれども巻いたポニール揺れてリボンで留めて雰囲気は地味なのに目に留まればめちゃくちゃ可愛い子。口紅がオレンジなのもポイント高い。ひじきみたいな目の化粧も控えめで。あんまりお化粧得意じゃないのかな。桐島の同類じゃん。桐島が女だったらこんな感じじゃないの。群れる辺りは女特有の付き合いってやつだから。あんなに身形綺麗にしてるなら女になれば化粧もするだろうし。僕はパチンコ玉一気食いしたみたいに腹の中が重苦しくなったのに鼻で嗤った。丸くて大きな目、潰してやろうかな。二度と桐島見ないように。前髪なきゃカッコよくなかったってこと?前髪なんかになんの価値があるんだよ。その前髪切ってやろうか。すぐ伸びるんだし。何がカッコよかっただ。僕のためにやらせたんだ。お前のためじゃない。
「君、かわいいね。名前教えてよ」
僕はまた鼻で嗤った。達央がちょっとびっくりしたカオした。
「かわいいよね、あの子。達央はどう思う?」
達央はなんか本当に驚いたカオしてて、僕は首を傾げた。
「え……礼斗、どうした?」
桐島のこと前髪下ろしたらカッコ良かったって何。あれは僕の。なんでお前みたいなのに僕のもの品評されなきゃならないの。
「風邪で寝込んでた時さ、思ったんだよね。人肌恋しいってさ。カレシいんの?付き合わない?」
きゃらきゃらした声が一瞬で止んだ。花道にみたいに一番奥にいたそのリボン女が注目されて、大丈夫?この子たち結構性格悪いけれども、やってける?明日から姿も見なくなるんじゃない?顔真っ赤にして、桐島は女版。くだらな。
「なんて――」
――ね、って言おうとしたんだよ。
「ダ、ダメだ」
なんで達央が返事するのさ。
「つ、付き合うとかダメだ。風邪の時はオレがちゃんと見舞いに行くし、電話もメールもする……から、」
「うん?うん…」
まったく意味が分からなかったけれどもそういうことみたいだ。もう風邪引かないけれどね、多分。桐島次第で。なんか静かになったけれどまた騒がしくなる。場所移動しないとなのに達央はまだ僕の肩に腕を回したままで、離しちゃいけないみたい。風邪治ってるから別にもう倒れないのに。ファンクラブみたいなのの別れ際にあのリボン女が気拙げに僕をちらちら見た。僕が見てたから?その眼差しはもう本当に達央にも見せない僕の暗いところ知っちゃったみたいな感じで、そういうところも桐島じゃん。
「リボンちゃん、どうしたの、ずっと僕のこと見つめて。何か言いたいことがあるなら聞くよ?」
僕はなるべく優しく話し掛けた。周りにいた女の子たちが話し始めた。リボン女って指名したのに。
「礼斗」
達央は僕を抱き寄せる。もしかして僕がリボン女をいじめてるって思ってる?見抜かれてるのかな。
「桐島に言っておくよ、前髪下ろしてるのがカッコ良かったって。きっと喜ぶから」
僕はにこって笑ってやった。他の女の子は僕のキューティイケメンスマイルにほわ~んってなってるのにリボン女はあからさまにドン引いてるような怖がってる感じがあった。お前のその口で二度と桐島を語るな。達央の目が気になって手を振って見送ることにしてあげた。優しいでしょ?優しいよね?僕。
「礼斗、」
達央の顔色を窺ったら振ったままの手を掴まれて物凄い力で通りっぱたのトイレに引き摺り込まれた。腹壊した?ジェットタオルの真横の空間に叩き付けられて僕は便所?ってはぐらかす前にキスされてた。誰か来るかもじゃん。顎に親指当たって下に引かれて口開けちゃったから達央の舌入ってきて達央めちゃくちゃキス上手いから立てなくなる。頭の中がふわっふわになってちんこ触られるのとはまた違う気持ち良さがあるから正直戸惑う。
「ぅ……っん」
ちゃくちゅく音がするの卑猥じゃん。脚の間に達央の膝入って、それで達央の腕掴んでなんとか立ってられる。舌すごい絡まるし回される。口の中こんな気持ちいいんだっけ?そんな深くやったことない。あるけれど女の子とはもう少し浅いベロチューだったし桐島にはこんな気持ち良い思いさせたかちょっと自信ない。
「た、つ……っ」
口が離れて糸引くの見てらなかった。また達央の唇が僕の口を塞ぐ。なんでこんなことするんだろ。別に良いけれども。減るもんじゃないし。桐島がこんなことやらせてたら怒るけれども。桐島にやってやればいいじゃん。だめか、達央はそういう不義理っぽいの嫌だもんな。これは僕とのスキンシップってやつで。それにあんまり達央にとって桐島は刺激しちゃマズイと思うし。
「何考えてるんだ?」
口の中掻き回されるの止んで、達央の唇が離れた。まだちょっと残ってた理性で現実逃避してた。マジで涎が糸引くの恥ずかしい。
「いや、それ割とこっちの台詞…」
口元拭って、なんか達央の甘い味感じるの怖くて嗽 したい。
「ごめん」
「いいって、いいって。こういうこともあるし。人肌恋しいって言ったの僕じゃん」
自分で言って納得した。僕が人肌恋しいって言ったの気にしてくれてたんだ。カノジョ作っても上手くいかなくてカノジョが達央に相談するんだろ。皺寄せ喰らうの確かに達央だわ。本人は皺寄せだなんて思わないんだろうけれど。良い人だな、本当に。
「本当、ごめん」
「えっ!いいよ、な?」
マジのトーンで謝ってくるから僕から頬っぺたにチュッてしてやった。
「これであいこな」
習慣でトイレから出るから手を洗っちゃったけどガバッと背後から抱き締められて鏡に映る達央がなんだが追い詰められてるようなカオしててなんか達央のほうでも何かあったんだな、って思った。
「全然、あいこじゃない……全然あいこなんかじゃないんだ」
めちゃくちゃ強く抱き締められて手からぽたぽた水滴落ちた、
「タっちゃん…?」
ここ便所。なんかムーディ。ちょっと怖い。
「トイレはいいの?」
達央は僕の肩で頷いた。背が高いっていいよね。
「行こ」
様子がおかしくなった達央を連れて次の講義に向かう。なんか激しく動かされて口の中ちょっと寂しくなった。
桐島は同じところにいた。昔の逢い引きみたい。空はちょっと暗くて、少し冷えた風が吹いてた。桐島はすぐ僕に気付いた。前開けのシャツにカーディガン。デートの時季節考えないで薄着で肌出しまくりの女の子みたいに薄着だな。今日はアイスやめて良かった。僕は元カノたちにやったみたいにパーカー脱いで細い肩に羽織らせた。あの時は僕の価値を下げないためにやってたけれど、何も考えずにやっちゃうってあるんだな。
「な、なんだ」
桐島は気色悪そうだった。いいカオするじゃん。
「真樹ちは風邪ひいたら咳しただけで骨折れそう」
「そんなわけないだろう。返す。大丈夫だ」
僕はう~んって唸って桐島に近付く。僕の匂いと桐島の匂いが混ざってる。あんまり体温高くないからそんなに差がなくて寒くないんだな。でも僕は寒いからいい湯たんぽじゃんね。
「成瀬」
ちょっと怒ったカオしてる。前髪下ろしてるの似合うけれど顔見えなくなるのちょっと惜しいな。だから前髪除けた。
「真樹ちの前髪下ろしたらカッコいいって言ってた子がいたんだ。女の子だよ。可愛い子」
僕はへらへら笑った。桐島は僕から顔を逸らした。照れちゃって。
「僕が付き合っちゃおうかな。そしたら真樹ち、お払い箱だね」
「君は…もう少し、近くにいる人に目を向けるべきだと思う」
意味が分からなかった。僕ほど近くにいる人よく見てるやつなんてほかにいるの?達央?達央は桐島の気持ち気付いてないからなぁ。
「真樹ち、それ、僕のこと好きってこと?」
「まさか」
即答じゃん、いいね。達央一筋だもんね、分かってるよ。人妻寝取りっぽくて燃える。
「…俺では…なくて…」
「ほかに僕のコト好きなやつがいるの?まぁ、放っておいてよ。どうせコクりに来るでしょ」
「どうするんだ、その時は…」
「おっぱいと顔による」
桐島はなんか呆れたっぽくて自分のでこをぺちんって叩いてた。桐島的にはもう巨乳美女が来ないと僕から解放されないもんね。もっと絶望に堕としてあげるよ、下手な期待は毒だからね。
「冗談だよ。フるに決まってるじゃん。真樹ち放す気ないもん」
「今言った女子でもか」
女子って。陰キャの中坊かよ。いや、陰キャだったわ、こいつ。
「…確証があってから言ってよ。期待しちゃうじゃん。フるケドさ。だってカノジョ作ったら別れるつもりなんでしょ。別れるって言い方変だな。それにカノジョ欲しいわけじゃないし。気に入らないやつをぬいぐるみにしたいだけ。カノジョ作ったらそれで遊ぶ時間なんかないでしょ。カノジョほったらかすのでもいいケド」
桐島はなんか俯き加減で黙って聞いてた。僕のパーカーと元々の服装の合わなさが、借りてきたんだな感を出してて、心臓部握られてるような感じがあった。強く抱き締め過ぎて締め殺しちゃいたいくらい境界線要らないみたいな変な気持ち。
「カノジョほったらかすとさ、みんな達央に相談するんだよ。他の奴等に上手いこと喰われちゃった子もいたケド。でも大体達央に相談するの。それで達央のコト好きになっちゃうか、僕に愛想尽かすか。告白されたから付き合ってるだけだし、別にいいんだケド」
「交際に合意しているなら、君にもその責任はあるはずだろう」
「堅いこと言うじゃん。これだから童貞は」
真面目だな。もう聖母だよ。達央と同じこと思ってそう。敵わないな。僕の見慣れたパーカーに覆われた腕が知らないものに見えた。腕を枕にする時肌触りが良くて気に入ってる。頬っぺた擦り寄せると桐島が細くて深く入った。
「本当に好きな人とだけ付き合うのは、いけないのか」
桐島よ目は真剣に僕を見下ろす。その真意が分からない。本当に好きな人がいないから、本当に僕を好きってワケでもない子たちにコクられたら付き合うの。
「本当に好きな人とも付き合えない人が何言ってんの」
逆レイプ事件のこと出してやろうかと思ったけれど反省してるんだよな。それは分かってる。
「……そうだな」
「純情ぶったら駄目だよ。自分がどういう立ち位置なのかちゃんと理解して」
冷たくなってる手を握った。氷触ってるみたい。潔癖症だから嫌だろうな。でも冷たくしてるのがいけない。
「泊まりに来てね、今度。本当に好きな人じゃなくても溜まったもの発散するのは気持ちいいよ。それは僕が言葉じゃないところで教えてあげる」
桐島は黙ってしまった。今度とは言わず今すぐに。ただ桐島の細さと硬さを確かめることに躍起になった。何度か抱き締め直す。動くたびに僕のお気に入りの洗剤の匂い桐島の優しい匂いがした。ほんの少し桐島が嫌がる素振りをみせた。
「俺はまだ佐伯が好きだ」
「分かってるよ。僕がイケメンで女の子たちからめちゃくちゃモテるってことくらい分かってる」
僕のことなんて気遣いもせずに桐島は上半身を突然寝かせて蹲った。
「……君が羨ましい」
両手で顔を覆って泣き出すんじゃないかと思った。桐島、モテたかったの?出来なくはないと思うけれど、堅いし暗いし地味だしな…っていうか僕?達央じゃなくて?いや、達央のことは好きで、じゃあなんで僕?僕になったとしても達央の親友であって好きな人でもカノジョでもないのに。親友でも傍に居たいってこと?無理でしょ、好きなら親友なんてやってられないって。傍に居るだけいたらもっともっとって、欲が出て、諦めきれない好きな気持ちに苦しむだけでしょ、多分。知らないけれども。違うのかな。成瀬はトモダチだから!って言ってた女の子が結局僕にコクって面倒臭いことになったし。トモダチって言うからカノジョのこととかナンパとか色々話したら恨言一方的に吐かれてさ。
「さっき言った女の子紹介しようか?」
なんとか慰めなきゃと思って咄嗟に言ってしまった。桐島は頭を振った。頷かれたらどうしようかと思った。僕のだよ、桐島は。
「まぁ、やっかまれるのは慣れてるケド、慣れちゃうとあんまいいもんじゃないね。どうしろっていうの?お前は何の努力をしたの?どこを妥協できたの?って話で。別に真樹ちのこと責めるつもりないケドさ」
僕は桐島とは逆に後ろに反った。羨ましいとか羨ましくないとか、妬ましいとか妬ましくないとか面倒臭いな。比較して何になるのさ。性格的に合う合わないってあるんだし、結果ありきで言われたってね。肥満 でキモがられてゴミ投げられてくすくす笑われてたた時代がなきゃ僕だってまだ瓶底眼鏡でニキビヅラで野暮ったい黒髪の陰キャだったかも分からない。この否定したいし笑い話にしなきゃ悔しくて堪らない惨めな時代を肯定しなきゃ今すらも肯定できない僕の気持ち、分かってくれる?デビュー直後なんか酷いもんだったよ。勢いだけでキョドってさ、イキってるやつ丸出しだった。達央いなきゃ確実に折れてた。別に桐島のことを怠惰とか言ってるんじゃないけれど。
「悪い。取り乱して」
「いいよ、別に。吐き出せば。そういう人いないんでしょ、どうせ」
僕は投げやりに言った。
「…ありがとう」
話はこれで終わりらしかった。コントみたいに僕は転 けそうになる。お互いに静かになって、この人との沈黙も悪くないなって思った。寝てんの?まさかね。冷たい風がまた吹いて桐島の前髪を揺らす。風さんよ、僕の桐島のだからさ、僕の桐島の前髪だからさ、勝手に触んのやめてくんない?もう頭おかしくなったかも。自然にまで怒るのはもう気が狂ってよ。
「明日から髪下ろすのやめて」
なんか違う人と喋ってるみたいで、でも声も匂いも態度も桐島で中々イイんだけれど、他の人たちが品評会始めちゃうから。僕のものなのに。桐島はぼんやり僕を見て「分かった」って呟くみたいに答えた。それでもう今から髪を掻き上げようとするからその手を止めた。
「気に入らなかったとかじゃない」
桐島は訳分からんって感じで眉毛を寄せる。前髪ぐしゃぐしゃにするともっと嫌なカオをした。前髪あるほうが絶対いい。でこ出しもいいけれども。目付きあんまり良くないから、前髪の奥で虎視眈々としてる感じがいい。
「僕にだけ見せてね、その顔」
前髪の奥で桐島が僕を見つめてる。いいよ、つらいなら。僕のことオカズにしても。しないか。
◇
桐島が泊まりに来てくれるっていうから僕は1日中にやにやが止まらなかった。帰りに温感ローション買って、ゴム切らしてたかもだからゴムも買って、ピザ買って、それからDVD借りて…ホラー映画にしよ。B級のやつがなんだかんだ一番面白かったりするんだよ。楽しみだけれど緊張する。お腹ちょっとぴろぴろ。下してはないけど腹が減らない。ちゃんと食べないと。売店の肉まんなら入るかも…って思って、アイスも買っておかなきゃって。エッチしたらアイス食べよ。カップアイス。違う味2つ買って半分こしよ。
「楽しそうだな、礼斗」
ぺちって達央が温かい手の甲を後ろから僕の頬っぺたに当てた。
「そ、そうだった?」
「いいことあったのか」
「う~ん?別に~」
僕の隣に座って達央は僕の肩に体重を寄せた。もしかしてコクられてフった帰りだな。罪悪感だね。ストーカーみたいなのが出た時に「心を鬼にしてフらないとダメだよ」って教えてあげてから達央もダメージ受けちゃって。
「タっちゃんは疲れてるね。今日は機嫌いいから肉まん買ってきてあげる」
「…礼斗」
達央は僕の手を握った。相当弱ってるな。達央は律儀だからどんな子だったか聞くのもちょっとタブー感あるから訊かないけれど、めちゃくちゃ粘られたか、泣かれでもしたか、死ぬ騒ぎでもされたか。下手なこと言うと手首切っちゃう子とかいるからね。
「ピザまんがいい?あんまん?」
「礼斗…」
もうかなり参ってる。僕の肩に腕掛けて、項垂れて。これは、付き合ってくれなきゃ自殺する、まで言われたかな。
「今日、飲みに行かないか」
今日。今日って今日?今日って確か…僕はきょろきょろ辺りを見回していた。達央はぎゅっと僕を抱き締める。なんか怖い。達央が壊れちゃいそうで。
「うん」
ぼく、バカ。
「良かった…」
達央はふう…って安心したみたいな溜息を吐いた。あ~あ、やっちまったな、僕。桐島のところ行かなきゃ…桐島、ごめんね。
「ちょっと肉まん買ってくる」
肩に掛かってる腕とかなり参ってる身体から抜けて僕は走った。次の講義間に合わなかったら仕方ないね。桐島には会えるかな。この時間じゃいないかも。でもいたら。真っ先に謝らないと。ごめんなって。何でもするから許してって。桐島のいる場所に急いだ。桐島との約束のほうが早かったのに達央のことばっかり優先して。桐島。約束破った僕はもう桐島に会えないんじゃないかと思って不安になった。怖くなった。桐島に会えなくなったらどうしよう。会いたくて苦しくなって泣いちゃうのかな。今すぐ会わないと落ち着かない。僕ってこんなやつだっけ。会いたい。もう泣いちゃいそう。かなり走ったのに見つからなかった。ちょっと息切れ起こして止まって休んだ。
「成瀬?」
後ろから綺麗な声で呼ばれた。第二食堂前の棟と棟を繋ぐ小さな外通路のところに桐島はいた。会いたい思いが強すぎてとうとう幻覚みるまでになったかと思った。
「きりしまぁ…」
「なんて表情 してるんだ」
僕はとぼとぼ桐島に近寄って事のあらましを告げた。桐島は「そうか」って優しく言うだけで怒りもしなかった。
「ホントごめん…」
「いい。気にするな。佐伯の調子が良くなるといいな」
桐島がほんの少しふわっと笑った。僕は見惚れて安心して、お腹がきゅるきゅるきゅる~って鳴った。緊張が解けてお腹空いてきちゃったんだな。
「腹減ってるのか。きちんと食え」
いつもと違って桐島はカバンを肩から掛けていた。講義行くんだ、これから。カバンは革製みたいでシックな感じがよく似合ってた。じろじろ見てた僕の前に板チョコがすっと出される。
「一時凌ぎにはなるだろう。何かしらきちんと食え。また風邪をひきたいのか」
身体中が震えそうだった。桐島のほっそりした手と板チョコ。両手を合わせて拝みたくなる。何があっても絶対守りたくなる。約束破ったのに。
「勿体無くて食べられない」
「ふざけてないでさっさと持っていけ。授業始まるぞ」
桐島は腕時計を見た。細い手首に銀の腕時計嵌められてるのなんか目に毒。
「また会いに来るから」
僕は板チョコ抱いて達央の元に戻った。肉まん買う暇はなかった。ふわって笑った桐島の顔が頭から離れなくて僕の顔は熱くなって、風邪で寝てた時よりも熱あるんじゃないかと思った。カバンを肩に掛けて腕時計見ながら教室に向かう、いつもと少し違う姿は、少し違うだけなのにはっきり頭に残って僕を落ち着かなくさせる。かっこいいなって思っちゃった。スマートで、綺麗で、かっこいい。僕の桐島。顔も心臓の辺りも熱くて、きゅ~んってなる。口が閉じられなくて頬っぺた持ち上がっちゃって、真っ直ぐ前向けない。多分すごく変なカオしてるから。顔面が筋肉痛になりそう。
「肉まん、買えなかったのか」
「うん。でも、チョコもらった」
達央はちょっとだけ目を鋭くさせた。ドライアイ?でも「良かったな」って言っただけだった。勿体無くて食べられない。でも食べるためにくれた。葛藤。
「桐島から?」
ひょいって達央が僕のほうに顔を近付けた。
「そ、そう!よく分かったね!」
声が裏返った。声掛けられなかったら板チョコに頬擦りしてたかも知れないからナイスタイミングだよ、達央!
「そういうカオしてた」
分かりやすいのかな、僕。だって桐島がくれた。笑ってくれた。優しくしてくれた。いや、桐島って基本的に誰にでも優しくない?あれ?じゃ僕はやっとみんなと同じ地点か?いやいやいや。でも約束破ったのにチョコくれたし、ふわって笑った。目付き悪いし堅物そうなのにすごく優しいカオで笑うんだ。
僕は頭を光線銃で撃ち抜かれたみたいな気分で頭を押さえた。あんなカオ見せられたら、もう桐島でオナニー出来ない。心苦しくなっちゃう。イく瞬間にあのふわって、桜の花びらがひらひら舞い落ちるみたいな笑顔が出てきちゃうよ。
「ちょっと偶々、偶然そこで会ったから…」
達央のこと心配してたな、桐島。達央のこと心配してくれるように、わざと達央のこと出したんだけれど。達央のこと話す桐島は綺麗だから。顔も声も。でもその姿は瞳孔開いちゃってて多分よく覚えてない。でもなんかそれだけにすごく神々しく見えた。
なんかぼや~っとしてたみたいで達央は僕の肩にまた腕を回した。ちょっとだけ下唇を吸うみたいに噛んでて、僕に倒れる。
「どうしたん?」
「……なんでかな、って…思ってさ」
女の子の暴挙のことかな。付き合ってくれなきゃ死ぬ、は流石にないよね。脅迫で付き合ったってどうにもならないのに、人の感情なんか。また桐島のことが浮かんで、モテるって大変だけれど、桐島のココロ、ちょっとは報われないのかなって僕まで思っちゃってた。達央だって大変なのに。僕のこと好きになればいいのに。そうしたら僕は桐島の傍に居るし、桐島のことだけ考えて、桐島のことだけ……何それ。桐島は僕のもので、そんなの、コイビトみたいじゃん。顔が熱くて訳分からなくなった。
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