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第11話

 頭が噴火、胸が火事、たまに目玉が大洪水。あの笑顔(カオ)みた時から。  宅飲みになって達央はもう顔赤くして、やめときなよって言っても泣きそうな目を向けられると何も言えなくなった。 「礼斗」  酔っ払った時のちょっと甘えた声で僕を呼ぶ。水かな。テーブルから立とうとしたら腕掴まれて視界がぐらって大きく回った。視界は一気に暗くなって酒臭くてぎゅむぎゅむして暑かった。倒れちゃったのかと思ってびっくりした。でもすぐに鼻先が触れるかどうかってところで離れた。 「抑えきれない」 「ゲロ?」  前髪が除けられて、でこがちょっとくすぐったい。でこも撫でられた。達央のこと起こしてやろうと思ったのに肩を押そうとした手が掴まれて床に押し付けられた。 「水、持ってくるよ」 「いい……」  声が掠れてちょっと色っぽい。でも酒臭い。かっこいい目が細められて、不思議な感覚だった。口が近付く。もう片方の手で達央の頭を体温(ねつ)測るみたいに押さえた。達央は起き上がった。 「悪い」 「水持ってくるから待ってて」  べろべろに酔っ払う達央はもしかしたら始めてかも知れない。飲み会とかも周りのこと気にしてそんなに飲まないし。合コンでも。コップに水汲んで達央に持って行けば頭を抱えていた。こんな達央そんなに見たことない。見たことないかな。見たことないな。あったかな。達央は大体完璧だし、すいすい躱せる。 「悪い、礼斗。本当にごめん」 「何が~。もしかして吐いちゃった?風呂使う?」  達央は首を振った。項垂れてばっかりだ。あんまり楽しい宅飲みにしてやれなかったな。ちょっと反省だね。 「…礼斗」  ゲロ耐えるみたいに僕のことを呼ぶ。でも吐きそうな感じでもなかった。 「はぐらかさないで答えて欲しい。どうしても知りたい」 「何を?」 「桐島のコト、どう思ってる……?好きなのか」  桐島のこと。考えるとちょっと変な気持ちになる。いやらしいことと、ほわほわした平和な気分になる。知らないことを知れそうでワクワクする。 「好きじゃな…」 「はぐらかすな。正直に答えてくれ」  達央はつらそうだった。苦しそうだった。酔ってるから?お酒飲み過ぎたから?膝が抱えて怒られ待ちの大型犬みたい。事情知らない人からみたら僕がいじめてみるみたいだった。 「それ知って、どうするのさ」 「…気になって仕方がない。気になって、気になって…眠れなくなる」  達央は腕に顔を埋めた。酔っ払いじゃん。知的好奇心旺盛ってやつかな。なのになんでそんなにつらそうなのさ。 「好き……じゃないよ」 「嘘だ」 「本当。カラダは好き。それだけ」 「カラダは…」  酔っ払いはまだ俯いてる。いつもの達央を返してよ、酔っ払い。 「好きじゃなくても勃つものは勃つから。体温はあるし、動けるし、締まるし、鳴くし。硬いけど、満足してる」  達央の風貌(かお)をした酔っ払いは頭を上げた。這うように僕に近付いてくる。顔真っ赤だけれどそれとは別に目元が赤いし潤んでる。相当酔ってるよ、達央。泣いちゃうんじゃないかと思った。達央のそんな姿見たくないな。達央は僕のヒーローなんだから。達央は僕の世界の主人公で、達央は僕の救世主。 「さ、さ、これで寝られるね?酔っ払いさん」  僕の手は冷たいから真っ赤な達央の頬っぺたに当ててあげた。そしたらそのまま強く頬っぺた寄せられる。 「ずっと抑えておくつもりだった……ずっと隠しておくつもりだった。でもお前が桐島と親しくなっていくたびに、つらくなる。苦しくなる。どうしてオレじゃないんだって、気が狂いそうになる。オレには胸も柔らかい肌もない。だから仕方ないと思ってた。なのにどうして桐島なんだ…?なんで男なんだ…?」  要するにどういうこと?桐島が男なのが気に入らないってこと?達央のことは大好きだけれど酔っ払いは男も女も達央もすきじゃないな。でも達央だから大事にする。 「ごめん。達央も男同士で乳繰り合ってる僕といたらホモに思っ、」  桐島が女だったらセフレなり繋ぎなりあったかも知れないけれども。実際桐島男じゃん。そうだよな、桐島とカレカノの関係じゃなくても世間から見れば立派なホモなんだよな。じゃあ僕と一緒にいる達央もホモだと思われるよ、それは。達央ともデキてんじゃないかって。実際そんな冷やかし喰らったことあるもんな。そんなの達央だって困るよ。達央と居られなくなるなら桐島なんてすぐ捨てる。カラダだけの関係だもん。桐島のこと捨てられるかな。でも達央がホモに思われるの嫌なら、僕は達央と居たいから。でも胸の辺りがギュッとする。「分かった、じゃあまたな」って桐島はすぐに背中向けて僕のことなんか3歩歩いたら忘れちゃいそうで。アイスの味も、僕がちんこ踏んだことも、尻穴に無理矢理突っ込んだことも、全部全部一瞬で無かったことにしちゃいそうで。だってあの人は僕のこと嫌いなんだから。また胸がギュッて雑巾絞りされたみたいになる。こんな思いずっとするの?こんな不整脈みたいな息苦しい思いずっとしなきゃならないの?全部忘れられて恨言のひとつも言ってくれなかったら?「じゃあまたな」も言ってくれなかったら?風邪の時帰っちゃったみたいに。佐伯のところに行ってやれってどこか行っちゃった時みたいに。 「達央に迷惑かかるなら、ちょっと距離置こ……?」  まだ覚悟なんか決まってもないのにただひとつ分かってることだけ覚悟決めて、口にした途端情けないことにいきなり涙が溢れちゃって僕もかなり飲んでたみたいだ。喉が絞られるみたいに苦しくなって口が閉じられなくなった。しゃっくりみたいなのが出て、鼻水も止まらない。風邪治ったのに。不思議な力で顔面がセンターに寄る。ぼろぼろに目から涙が落ちていって病気になったんじゃないかと思った。達央に見られるの恥ずかしい。鼻水も涙もダラダラで口が閉じられないから涎まで出てきて、しゃっくり繰り返してちょっと喉が引き攣って声も出る。悪魔が憑いたんじゃない? 「迷惑なんかかかるわけない。距離なんか置くな。ずっと一緒に居よう。変なこと訊いて悪かった」  好きだよ、桐島のこと。好きで好きで大好きだから達央に桐島のこと好きだなんて言ったら桐島は一生達央に好いてもらえなくなっちゃうじゃん、達央が僕に遠慮して。もしかしたら、ほんの少しでも達央だって桐島のこと好きになってくれる可能性あるかも知れないじゃん。達央がその気なら僕は桐島なんかすぐ捨てるんだから。桐島なんか、桐島なんか。 「ごめんな。ごめん、礼斗」  達央が抱き締めてくれた。背中摩られる。ろくに喋れなかったけれど僕のほうこそ宅飲みつまらなくさせてごめんって言いたかった。 ◇  桐島より僕のほうが早かった。でも桐島は僕のすぐ隣に座ってくれた。顔見られない。顔熱くなっちゃって。 「おはよう、成瀬」 「お、おは…よ」  顔本当に見られなくて僕はアスファルトの蟻ばっかり眺めてた。ただでさえ二日酔いで泣いて浮腫んでブスで声もガラガラなのに。 「酒焼けか」  僕は勢い余って身体ごと違う方向にそらしちゃった。顔見られないから蹲る。喋れない。でも声聞きたいし存在は感じてたい。 「ご、ごめんな。ドタキャンして」 「いいや。気にするなって言っただろう。俺は成瀬のものなんだろ?」 「残念だった、とか言えよ」 「あんな焦った表情(かお)見せられたら迂闊に責められない」  お堅いな。また泣きそうになる。僕ってこんなメンヘラのカノジョみたいなやつだっけ? 「顔見たくないからごめん」  桐島のほう向いてちょっと痛そうな体勢取らせたけど抱き付いたら顔見なくて済んだ。桐島の硬さと匂いに落ち着く。 「何か話してよ。声聞きたい」  昨晩ずっと考えてた。達央のことは大事。だから桐島と距離置けばいいんだって。そのつもりでいた。でも足はここに向いちゃってた。達央のこと大事だけれど、裏切りかな、でも。 「面白い話なんて出来ないぞ」 「昨日は何食べた?どんな夢みた?どんなことあった?」  桐島の手がゆっくり僕の背中に回った。そこばっかり意識する。まだ浮腫んでる顔がまたギュッと皺くちゃになる感じがした。 「自炊だからな、大したものは食べてない。麻婆豆腐を作った。夢は、覚えてないな。でも成瀬が出てきたのは覚えてる。昨日は新しい日記帳を買った」  ぽんぽん僕の背中を叩いてくれる。僕、赤ちゃんじゃん、こんなの。 「日記付けてるの?」 「長年の癖で。落ち着くぞ。成瀬はやってないのか」 「面倒臭いじゃん。僕のことも書いてくれた?」 「アイスを初めて食べたことを書いたよ。成瀬の名前は出してないけどな」  それだけでも嬉しい。すごく嬉しい。桐島にしがみつく。初めての感覚はちょっと恥ずかしい。ちょっと恥ずかしくて少し気持ち良い。 「何かあったのか」 「う~ん?何も。何もない」  声ガラガラ。まだメンヘラのカノジョみたいな僕は目に浮かんだ生理食塩水を乾かすために目をかっ開く。 「昨日はね、達央元気なかったケド、ちゃんと元気になったよ」 「それは良かった」  なんでこんな愚直なやつなのに桐島はいつも1人なんだろう。なんでかな。どうして。 「達央のどこが好き?」 「優しいところ」 「素直だね」 「君に影響されたんだな」  桐島はふふって笑った。耳元で。ちゃんとその声を拾った。人を好きになっちゃうと「好き」って言葉がゲロみたいに出てきそうになるんだね。コクっちゃいそうになった。 「佐伯にとっても成瀬は太陽みたいな存在なのかもな」 「逆だよ。達央が僕の太陽なの」 「そうか」  ちょっと声が落ち込んでて僕は焦った。こんな交友マウント取りたかったワケじゃない。 「ま、真樹ち……ぼぼ、僕のコト、そ、そそ、そんなふうに思ってく、くれてたんだなァ…」  遠い昔に捨てたはずの陰キャが出てきちゃってた。 「柄にもなく、君みたいになりたかったのかも知れないな」  あんまりにいつもと違うからおそるおそる桐島の顔を見た。ふわっと笑った。綺麗すぎて目が焼かれると思った。美術館に飾りたい。国で保護すればいいのになんで国はこの人を保護しないの。 「今日、なんか変だよ真樹ち」 「変なのはお前だ、成瀬」 「ど、どこが!」  見抜かれてる?見抜かれてない?知られたらどうなるの?桐島が達央のこと知ってるのはよく分かってるから、言わないで。桐島は達央のことが好きなの、分かってるから。理解してるから。  待てど待てど返事はない。だからちょっとだけ桐島のこと盗み見た。顔真っ赤にして、目がきょろきょろしてた。もう少し強く抱き締めてみる。力加減出来なくなりそうだった。細いから折っちゃいそうなんだよ。もうどうしていいか分からない感情は身体くっつけてみても治まらない。 「成瀬?」  咳みたいに出てきちゃいそう。みんなこんな衝動我慢しながら生きてるの?好きって言っちゃわないように唇噛んだ。 「具合悪いのか」  首を振った。なんか拗ねてるクソガキみたいだ。桐島のほうが見た感じ病弱っぽいのにもう桐島の中じゃ僕は病弱キャラみたいだ。違うよ、風邪なんてあれが数年ぶりだったんだから。小中高って皆勤だった年のほうが多かったんだから。 「もう時間だ。しっかりしろ」 「…うん」  まだ講義始まるまで時間ある。でも達央が来る頃だった。僕は桐島に振り解かれて、でもその手付きは優しかった。桐島だって優しい人だよ。僕にタオル貸してくれたり、家まで送り届けてくれたりさ、チョコもくれて。僕だけ嫌なやつ。僕だけ。釣り合わないじゃん、どう見たって。なんで達央にはこの人のこういうところ見えないんだろう。見えてるのかな。じゃあなんで好きにならないの。男だから?ホモじゃないから?僕が手を出しちゃったから? 「佐伯と喧嘩でもした?」  少し背の低い僕を覗き込んで桐島は淡々としてる。達央に好きって言いたくならない?強く抱き締めたくならない?妙な期待と理性に押し潰されちゃわないの? 「何もないよ。喧嘩するワケないじゃん。僕と達央の仲なんだから…」  桐島に言ったってどうにもならない。達央がホモ呼ばわりされるの嫌だからもう会わないからって言ったら、「そんなこと言うな」って言ってくれる?「俺は会いたい」って言ってくれる?多分桐島は仕方なさそうに笑って、「分かった」って簡単にバイバイしてくれちゃう。じゃあ、桐島と居たいから達央と距離置くって…考えたくもない。達央が居なかったら僕は死んでたかも知れない。首吊るでもODするでも飛び降りるでも。達央には感謝してる。感謝し足りないくらいだ。達央の言うことなら他の誰かにとって正しくなくても僕には正しい。 「そうだな。要らない節介だった。許してくれ」  足音がする。桐島の影が動いて離れていく。達央が僕とデキてるホモ呼ばわりされるの嫌だ。僕はホモでもスモモでもマリモでもいいけれど、達央は駄目だ。もう会わない。冷静に考えてみたら簡単なことだ。達央がいるから今僕はここにいて、周りとのことも全部解決して楽しい日々を送ってるわけで、どうしてそんな第二の親みたいな人を裏切れるんだ?もともと女の子に勃つんだし、女の子でいい子なんてすぐ見つかる。ちょっと悲しいけれども。 「じゃ、じゃあな!また!」  僕は大袈裟に手を振った。言って欲しい言葉を自分で言う。バカみたいだ。構ってちゃんの女かよ。  でも今日は達央まだ来ないんだよな。酔い過ぎて。昼頃来るかな。真面目な達央が珍しいね。珍しいよ。  達央は結局来なかった。また酒飲んで僕の部屋にいる。隅の方に小さく座って、僕のこと睨んでるみたいで、その目は据わっててちょっと怖かった。電気付けてないからそこだけ真っ黒に塗り潰したみたいになっててさらに怖い。電気点けるのもっと怖い。 「ただいま…」  達央が言った。あれ?ただいまって帰ってきた僕が言うんじゃないの? 「う、うん!ただいま…珍しいじゃん、タっちゃんが休むなんて」  また度数高い酒飲んでる。キッチンスペースの明かりだけ点けて空いた缶洗って適当に干した。乾いたら踏まないとだよ。缶の回収は土日。 「……桐島には会えたのか」 「う、うん。でもチょっとだけ!ほんのちょっとだよ。変なこトも、してない、よ!」  また陰キャが出ちゃった。変なところで声が震えて裏返って掠れて(ども)る。だって達央がいつもと違って怖い。それもそれでかっこいいけれど、なんか、昨晩の酔っ払いより落ち着いてるのに怒ってるみたいで。そんなこと達央がするわけないのに殴ったり怒鳴られたりするんじゃないかと思った。達央がそんなことするわけないのに。 「こっち、来てくれ」  言われるままに達央の傍に寄る。膝立てて座ってたのに僕の膝に倒れてきて手を握られて指が絡んだ。 「ごめんな、昨日は。今日も…ちょっと寝たらすぐ帰るから」 「こんなに飲んじゃバイク乗れないでしょ。今日も泊まっていきなよ。夜に帰ってもいいケドさ」  返事はなかった。でも寝息はあった。 「いやいやいやタっちゃん?飯買いに行くんだけど?エムバでい?」  エムズバーガーだと達央何が好きだったかな。オニオンフライポテトはとりあえず買っておいて、モックバーガーと好きなメニュー反対なのは覚えてるけどチーズだったかなフライフィッシュだったかな。  達央は僕の服を引っ張った。達央のことは大好きだけれども酔っ払いは嫌いなんだよ。達央だから怒りはないとはいえ。 「ナゲット食うでしょ?」  僕のこと引っ張って、達央の力じゃ僕は勝てない。甘えるじゃん。 「礼斗」  見下ろすと達央は首を伸ばした。脛に腕が乗ってちょっと骨が痛い。唇が柔らかくなって下唇を吸った。ちょっと顔を逸らすと達央は僕の首を嗅いで抱き付く。 「誰と間違えてるの」  例のボーイッシュな明るい茶髪の幼馴染?それは僕が作り上げたのか。メンズのシャンプー肌に合わないから男女共用の弱酸性シャンプー使ってるもんね、僕。同じなのかな。ボーイッシュってもしかして大雑把系の女の子って意味なのかな。いや、ボーイッシュ設定にしたの僕だわ。 「礼斗…」 「ご飯買いに行ってくるから!酔っぱ!」  僕の首の付け根のとこ齧ろうとしてきて変な目で見られるじゃん。桐島にカノジョ出来たなら別れるみたいなこと言われるじゃん。いや、桐島とはもう会わないんだよ。ってか別れるってそもそも付き合ってないし。僕桐島にめちゃくちゃキスマーク付けまくったから桐島も変な目で見られたのかな。変な目で…見られて欲しい。それ付けたの僕だって…言わないけれども。桐島だって言えないよ、それ付けたのは成瀬礼斗だよって。 「ぁっでッ!」  注射されたみたいにキッて痛くなった。噛まれたのとはちょっと違う。やられたことあるよ、キスマーク。こんな痛かったっけ?ごめんな桐島。数十ヶ所くらいやったよな、僕。痛いところ摩ったらパーカー羽織っててももろに見える位置だった。女の子ってこういうの目敏いからすぐ騒ぐじゃん。 「どうすんの、これ。絆創膏あったかな」  救急箱なんて素晴らしいものはこのアパートになくて、でもそれらしきものがしまってあるはずだった。探そうとするとまだ達央の手と手が繋がったままで動けなかった。 「オレが付けたって言えよ…」 「ダメでしょ。達央はホモじゃないんだから。ホモなんて思われたら拙いんでしょ」 「礼斗は……いいのか」 「タっちゃんほど周りからの信用とかないし。実際男の尻の穴で遊んだのは本当だし、気持ち良かったのも」  んで好きになっちゃったのも。でも達央は違うじゃん。達央はノンケで桐島に逆レイプされた身じゃん。ホモに嫌悪湧くよ、それは。だから僕がホモかも知れないこと嫌がるよな、分かるよ。それともホモ行為した僕のことも嫌になったかな。そうしたら僕どうする?別に昔のメンヘラ女みたいに色恋だけに生きてるワケじゃないから、吹っ切れるなんて簡単。桐島とはもう合わないなら尚簡単。達央の恩を返せるならもっと簡単。思い悩むなんて僕らしくないな。 「いい…!それは、オレが付けたものだ。オレが…」 「酔っ払いに、ね。酔っ払ったタっちゃんに」  ギャップが可愛い~なんて言われちゃうよ、そんなの。 「ダメだよ、女の子の前でそんなべろべろになったら。有る事無い事言われるんだから」  襲われたとか、妊娠したとか言われるんだから。 「有ったコト全部言っていい」  後頭部掴まれてさ、唇がまた柔らかくなって濡れる。達央の深いキス弱いんだよ、僕。すぐ力抜けて自分の身体支えていられなかった。くたくたしちゃって達央の掌枕で床に倒れちゃう。酔っ払ってもこういうところは達央だ。  暗い部屋に生々しい音がして恥ずかしいのにちょっと動くと達央のぎゅむぎゅむの引き締まった身体と熱い片手に押さえ込まれて舌持ってかれて頭がただくらくらするのをやり過ごすしかなかった。抵抗の意思なんてもう失せてただ恥ずかしくなるだけ。いや、これもう達央は女の子と飲み会やめたほうがいいな。もしかしてこういうこと頻繁にあった?聞いたことないけれど。僕の耳に届かないだけか。連帯感ってやつ?女の子でこんなことされたら惚れちゃうよ。他の人がやったら犯罪。でも達央は許される。 「…っん、」  口開けっ放しで掻き回されるから涎溜まって達央の混ざってるのに溺れそうだったから飲んじゃった。こくっ…って音しちゃって気拙くなる。 「礼斗…っ」  達央の顔が離れる。掠れた小声がなんか色気があって、これは僕が聞いちゃいけないやつ。僕親友だし達央酔っ払ってるし、思春期の欲求不満男子の延長戦みたいなものだからこれはノーカウント!女の子だけに聞かせなきゃ……気が向いたら、たった1人だけ本当に達央のこと好き通り越して愛しちゃってる人いるからその人に……ダメ、かな。 「晩飯買いに行くから。いい子にして待ってて」  大きな犬にするみたいに達央の髪ぐしゃぐしゃに撫でてやった。達央かっこいいし綺麗そうだし大好きだから別に汚いとか気持ち悪いとか思わないけれど口の中が落ち着かなくてすぐ近くにあるコンビニでグレフルミントの飴買った。口の中、弱いのかな。いや、達央のキスが上手いだけだよ。感じやすい人ならイかさ……うん。 ◇  女の子に呼び出されて柔らかい手に包まれてあんまり人いないところ引っ張られて、「ずっと好きだった」「成瀬くんのことばっか見てた」「付き合ってください」って言われた。顔も知らない子。誰だっけ?って聞いたら親睦会に居たらしい。覚えてない。喋ったかも。でも覚えてない。「ごめんね、僕好きな人いるから!」。へらへら笑って平和的に解決。今世界は約70億人。1人が死んで1人が生まれる。女だからまだ約35億人の男が待ってるなんて嘘。絶対2で割れないって。約35億組。約ってなんだよ。じゃあ僕は(あぶ)れるね。約の中に入れないよ。いじめられてた頃はモテたいってそれなりに思った。人気者になりたいって。いつもみんなの中心にいて、いつも女の子の噂の的にされて、先生からも褒められて、表彰もいっぱいされて。僕といると優越感覚えられるでしょって前は思った。でも僕と一緒にいて得られる優越感なんて達央レベルになったら無いも同然だ。善行(いいこと)してるつもりになってるだけだと思って最初は達央のこと大嫌いだった。嫌なやつだと思ってた。でも全部的外れな考えだったんだよな、僕には利用するだけの価値もなかった。なのに達央は僕に話しかけ続けて、いじめから守ってくれた。何もない僕が変わって、今じゃモテて、人気者。小さい頃から夢見てたやつになったのに。  目の前で女の子が泣き出す。  泣かないで、女の子の涙には弱いから。友達から始めよう? 「勝算あった?僕の前で泣くなら付き合おうか?泣くのは仕方ないよ。でもせめて僕の前ではやめてくれる?」  逆だった。思ったこと言っちゃってた。決まりきったお断りの言葉は頭の奥に消えていった。女の子がもっと泣き出して面倒臭いなって思う。僕もそのうちこんな面倒臭いやつになるんだ、きっと。早めに冷まさないと。 「ほらほら泣き止んで。カワイイ顔が浮腫んじゃうよ」  恨みは買いたくない。誰だって恨みなんか買いたくないでしょ。恨まれたい人はいるけれど。頭の中僕でいっぱいになって、もう刺されてもいいかもね。恨んでよ。忘れられるなんて耐えられない。僕の意思なんて告げずに、また会うみたいに別れて1週間経った。早いもので、同じ講義もあったのに全然姿なんて見ない。嘘だよ。見ないようにしてた。恨まれるほどにも、僕は何かにすらなれなかったのかな。  まだ女の子は泣いてるから「また気軽に声かけてよ」なんて言ってあんまり人気ない図書館の前から出た。そこは垣根とか木が植わって他の建物から隔離されてるような場所で、垣根の裏のベンチに達央が座っていた。迎えに来てくれたんだな。 「ごめん、待たせて」 「オレが勝手に待ってただけさ」  大きく後ろに反ってから達央は立ち上がった。それで僕に手を差し伸べる。達央がホモだと思われちゃ困るから僕はそこに手を乗せられなかった。 「最近ずっと一緒だな」  達央は遠回しな言い方が下手だ。桐島のところに行かなくていいのか、ってことを言いたいみたい。別に僕と離れて何かしたいって意味じゃないだろうし。分からないけれども。ただ苦笑いみたいなのするから、多分そういうことだと思う。 「うん…」  却って四六時中一緒にいるほうがホモ疑惑湧かないか?いや、ただ仲良い2人組だから。何意識してるんだろ。  まだぼけ~っとしてる僕に達央は爽やかに笑いかける。別に迷惑じゃないみたいだ。トイレならトイレっていうし、ほんの(たまぁ)にタバコ吸ってるけれどそれならタバコって言うし。 「オレは礼斗とずっと一緒に居られて嬉しい」 「僕もだよ」  遠目に桐島が歩いてた。隣にはちょっとヲタクっぽいのがいた。眼鏡にチェックのフランネルシャツをズボンに入れちゃってさ、昔の僕の私服。達央はそんな僕と出掛けて恥ずかしくなかったのかな。桐島は恥ずかしくなさそうだった。眼鏡の奥の目が優しかった。ヲタクっぽい友達みたいなのも必死に話してた。桐島は何度か頷いてた。ちょっと髪型が変わってた。髪切ったのかな。建物に入っていく。あの微笑(カオ)は僕にだけ見せてたものじゃない。ざわざわする。砂利を手に付けて胸板の中を擦られたみたい。塩揉みされたみたいだよ。痛いし。なんか息が詰まるし。別にあのヲタクっぽいのは友達みたいな感じだったじゃん。でも隣に居る。あの綺麗な声聞いて、優しい匂い嗅いで、柔らかなカオ向けられてる。1週間。5日。僕がいなくても桐島の日常は変わらない。むしろ華やいで見える。僕の日常は……達央がいるから、別にいつもと変わらない。楽しいよ。でも曇る。苦しくなる。喉も息も詰まる。桐島のことなんて知らなきゃもっと楽しかった。出会わなきゃよかった。興味本位で話し掛けなきゃよかった。好きになんかなるんじゃなかった。 「行こう、礼斗」  ぼけっとしてる僕の肩に達央が手を置いた。ちょっと怒ってる気がした。声が低くなってたから。待たせてごめん。口を動かせなかった。 「無理するな、ばか」  僕メンヘラ女嫌い。女の子に生まれてもあんな風にはなりたくなかった。絶対なりたくなかった。僕男。でもメンヘラ。すぐ泣いちゃう。なんでこんな弱くなっちゃったの。  達央がホモに思われたらダメだから桐島に会わないことにしたのに、キャンパスのド真ん中で達央は僕は抱き締めて、僕は必死に泣くの堪えてた。
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