12 / 15

第12話

 会わなきゃよかった。触らなきゃよかった。話さなきゃ、好きにならなきゃ。  達央を突き飛ばす。別にいい。こんな思いするなら誰も好きにならない。もう二度と。でも達央は僕を放してくれたかと思ったら顎掴まれて上向かされてここ人多いのに口塞がれた。柔らかかった。ほんの一瞬。誰も見てない。いや、見てる。目を逸らすだけで。すぐ傍をまた。 「た、たつ、」  頭の悪そうな飼い主が犬とか猫にやるみたいにまたチュって口が柔らかくなる。溶けたみたいに。 「オレは別に周りにどう思われようが構わないよ」  またチュウしてこようとするから達央の口ムギュって横から指で寄せた。アヒルみたいな唇になってた。 「で、でも…」 「告白されるたびにつらそうな表情(カオ)してる。もうオレたち、付き合って、公表するか」 「何言ってんだよ!」  達央にしては頭の悪い提案だ。 「本気だ。付き合うのも、本気でいいくらいに思ってる……こんなやり方かっこ悪いな。オレと真剣に付き合ってくれ」  どうする?僕。どう切り抜ける?だって本気なの?ドッキリでした!ってプラカード出てくるの遅くない?こういうのつて間が大事でしょ?リアクションやるよ、僕。ノリはこれでもいいんだから。こういうの好きじゃなさそうな達央もあれこれ言い包められちゃったんだな、ターゲットが僕ならって感じで。でもプラカード出てこない。冷やかす声もない。達央は相変わらずちょっと怖いくらいの真面目なカオしちゃってさ! 「ヤだなタツオ~!面白い冗談言うじゃん!付き合うってどこまで?トイレ?売店?タバコ?喫煙所までなら行くケド?」  真剣に付き合うって何?達央と。達央と真剣に付き合うって何を?徹夜麻雀(てつマン)を?達央と何を付き合うっていうのさ。宅飲み? 「…いや……そうか。分かった。悪い。戸惑わせた」  黒くて鋭くてかっこいい目が濡れてて、なんか、僕はがくんって感じで揺れたような、これは多分、漢字2文字でいうと「衝撃」ってやつなのかも知れない。ショックだ。ショック!っていうショックじゃない。本当に、感情と理解ってエネルギーがショックを持ってくるんだ。言葉で記号化できる軽はずみなものじゃなかった。でも確かめられない。達央本当に僕のこと好きなの?まさか。  僕上手く笑えてる?達央の大きな手が肩に乗って身構えた。強張ったの、伝わったかも。だからか達央の手は落ちていった。 「ね、ちょっとだけ、時間ちょうだい。1週間…ううん、3日くらい」 「寝不足が、続きそうだな」  達央は硬く笑った。  会いたいから今度会いに来て。家分かるよね。会いたいんだ。すぐに会いたい。今度、暇な時。いつでもいいから。会いに来て。真樹ち。ごめんね。全部ちゃんと話す。ホントだよ。真樹ち。うん、泣いてないよ。ちょっと花粉症になっちゃってさ。大丈夫。ご飯ちゃんと食べてるよ。じゃあ看に来てよ。気なんて遣わなくていいから。ごめん。声聞くだけでよかったのに、やっぱり顔見たくなっちゃって。うん。大丈夫、本当に、泣いてないよ。おやすみ。うん。そっちから切ってよ、掛けたの(こっち)なんだから。うん、おやすみ…うん。楽しみにしてるからね。 ◇  部屋もトイレも掃除して、除菌スプレーかけて、布団干して、昨日帰りにDVD借りた。ピザ屋のピザはないけれどオーブントースターで温めるピザ3種類買った。炭酸とオレンジジュースも買った。除菌シートもテーブルにセットして。桐島が来る。ちゃんと話す。全部話す。掃除機掛けながら決めた。インターホンが鳴って桐島が来る。姿を見た途端に抱き付いてた。玄関の高い段差で転けて桐島が受け止めてくれる。ふわって優しい匂いがした。 「大丈夫か。どこか打った?」  僕の腿とか膝を撫でてくれる。 「どこも、打ってない。上がって!」  桐島はなんか高そうな紙袋くれた。クッキーだって。熱いお茶飲んだ気分にぬる。 「ごめん、ジュースかお茶しかない…」  一応お茶は買っておいたけれどペットボトルなんだよな。 「ああ。いただくよ」  久々に喋った気がして色々な言葉と感情が渋滞して上手く話せなかった。ペットボトルのお茶汲んで間が持たない。言っちゃいけない言葉が出そうになる。こんな脈絡もないところで。 「す、座って…その辺り…座布団、100均のだケド、使って」  昨日買った。桐島の薄い尻痛そうだから。100均のだけれどふかふか。吟味したんだよ。  桐島は綺麗に正座してテーブルの脇に座った。 「足、崩せよ。胡座でも、寝転んでもいいし!あ、映画観よ!映画!」  喋れない。顔赤いし、風邪の時のほうがまだ喋れた。桐島は黙ったきりでまだ正座だし、僕はDVDプレイヤーのある棚いじって、ばらばらAV倒れてきちゃって、ベタすぎ。バカすぎ。かっこ悪すぎ。 「手伝おうか」 「い、いい!大丈夫。ごめん、焦っちゃって…」  桐島は女医エッチとか家庭教師ファックとか未亡人ド鬼畜中出しとかのAVにはそんな食い付かなかった。よかった。ネットで見つけてなんとなく、目付きがなんとなく、冷ややかな感じとか似てて、もう観てないし二度と観ない。めちゃくちゃヨカッタのに多分今観たら発狂する。  心臓ばくばくいってるけれど、どうにかDVDを再生する。遮光カーテン閉めると桐島はちょっと落ち着きをなくした。 「ホラー映画か」 「あ、分かった?苦手だったかな。怖くなさそうなの選んだんだケド…」  もじもじしちゃってなんか可愛こぶってるみたいになった。そんなのなくても僕十分可愛いのに。 「あまり観たことない」 「なら良かった!B級のだから、知ってる人とか出てないかもだケド…」  テレビの前に座ったら、目を悪くするって言われてテーブルどかして桐島引っ張って隣で観た。友達が来たらホラー映画を観るのは、鉄則なんだよ。決まり事。ルール。法律。  映画は子供の時に顔に大火傷を負って袋を被った木樵(きこり)みたいな人が斧を振り回して山に来た人たちを惨殺するってところまではあらすじで把握してる。ありがちな話。それできっと逃げ惑う人たちのうちの誰かが生き残って倒しちゃうけれど最後の最後で蘇るフラグがあって終わる。そんな展開は何回も観た。これもその類だと思う。でもいつもはお酒入れてほとんどバカ話しながらでほとんど観ちゃいなかったからBGMにもなってないくらいで。だから普通に観られると思ったのに、殺人鬼の回想シーンに入ると僕はちょっと気持ち悪くなった。子猫を殺せって、クラスのリーダーみたいなやつに命令されて、子供時代のその殺人鬼は子猫をアスファルトに投げ付ける。4匹。箱の中にいる時は本物。投げ付けた後はオモチャ。僕も逆らえなくてカエルを殺した。叩き付けろって言われてアスファルトに叩き付けた。命令したのはクラスで1番の人気者。そいつは亜美ちゃんのことが好きで、亜美ちゃんは僕のことが大嫌いだった。席替えをして隣になった時に泣かれた。くじ引きだったのに先生が適当に選んだ男子と交換。胃の辺りがぐるぐるする。あの時代はもう通り過ぎて、そんなことは有り得ないけれど望んだって戻らないのに、僕はまたあの時代にいる気がして、そこから抜け出せなくなる。叫びそうになって、寒い。胃の中が冷たいまま沸騰しそうだった。 「成瀬、腹を壊してるんじゃないだろうな」  隣の人が僕を引っ張る。校舎裏が消える。カエルの死骸ももうない。少し暖かい手が僕の頬っぺたを撫でた。綺麗な肌と眼鏡にテレビの光がチカチカしていた。 「だい、じょぶ」 「顔色が悪い。冷汗もかいてる」  吸い付くような掌が僕のでこに当たって。 「熱はなさそうだ」  桐島は首を傾げた。僕を見る。 「緊張しちゃって、昨日、ちょっと、あんま寝られなかっただけだから…」 「ただ俺が来るだけなのに何を緊張することがあるんだ」  溜息を吐いて桐島の手は硬そうな膝に戻っていく。 「ごめん。本当」  情けない。映画観ながら食べようと思ってたピザも焼いてないじゃん。頭の中では予定全部組み立ててたのに、どれも上手くいかない。なんで?いつもはこんなことなかった。 「寝るか?布団掛けてやる」 「寝ないよ」  桐島は立ち上がろうとした。僕は止めて遮光カーテン開けた。窓から入る光に照らされた桐島の姿に心臓を爆速で殴られた感じしてちょっとぼうっとしちゃった。 「ピザ焼く。オーブントースターだけど。ピザ好き?」 「聞いたことも見たこともあるけど食べたことはない」 「いつも何食べてんの」 「カンパーニュ」  何て?カン、なんとかニュまでは分かった。 「何それ」 「パン。硬い。ドーム型の」 「そんなのどこで売ってんのさ。聞いたことない」 「近くのパン屋にある。今度買ってこよう」  桐島ってもしかして変な人? 「うん。真樹ちの食べてる物、食べてみたい」 「決まりだな」  またふわって笑う。僕は目を逸らした。勿体無いことしてる。でも見られない。そうだ、ピザを焼かなきゃだった。桐島は手伝おうかってまた気を遣ってくれる。育ち良すぎ。面倒見良すぎ。妹いるんだっけ?僕だって弟いるのに。一人っ子が同じ家に2人、みたいな育ち方したからな。弟はアレルギーあったし身体も弱かったから母さんは付きっきりで、あんまり、母さんと父さんと外で遊んだ覚えないな。あるか。弟が生まれる前に鯉幟(こいのぼり)観に行ったのは覚えてる。母さんに手を引かれて。父さんに肩車されて花火をみた覚えもある。ああ、なんだ、僕結構愛されてんじゃん。忘れてた。 「ピザ焼くのが好きなのか」 「なんで?」 「楽しそうだったから」 「いや、ちょっと、思い出し笑い」  ばつが悪いよ。見られてたのか。今度は顔が熱くなっちゃう。包装破いてピザ入れて抓み回すだけなのに。 「最近は喫茶店にもベーカリーが付いているから、成瀬は似合いそうだな。そういうところ。華やかで、洒落ていて…」 「な、んだよ、それ…!真顔で言われると、なんか…フツーに恥ずかしい。っつかパン屋にはならないんだって。それなりに就活してそれなりの会社入れたらそれでいいよ」  赤くなってくオーブントースターに顔近づけて誤魔化してみる。華やかでお洒落って。そんなの真顔で言われたら、照れるし恥ずかしい。今僕、すごく変なカオしてる。桐島のところに戻っても、まだ桐島の顔見られない。 「暫くぶりな気がする。元気してたのか…っていうのも変な話だな」 「親戚のおじさんみたいだよ」  桐島はよく喋るようになった。自分から。表情もなんか柔らかくて。 「そうだな」  もう何を喋っていいやらで沈黙がいきなり苦しくなる。何か話さなきゃなのに何も話せない。いつも中身のある会話なんかしてなかったんだ、桐島と。何を話してたのか思い出せない。今までどんな態度でどんなこと言ってたの、過去の僕。 「元気そうで良かった。これでも感謝してるんだ、成瀬には」 「感謝?なんで」  桐島はただちょっと含みのある感じで口の端上げただけだった。そんなカオもするんだ。僕の知らないカオがいっぱいある。僕はそれを全部知れない。きっと桐島だって分かってない。 「あ、アイスか。あれは僕のシュミだから。アイス食べ比べるの」  感謝されるって思い当たるのそれしかない。なんでそんなことしてたのかも覚えてない。オーブントースターが鳴って、僕はまた別のトッピングのピザの包装破いて焼けたピザを元々付いてた紙皿に乗せた。チーズが溶けてプクプクしてた。 「友達が来たらね、ピザ焼いて、ホラー映画観るんだ。それが決まり」  桐島が停止してくれてたDVDを再生する。もうあのシーンは終わっていた。桐島には話してもいいと思った。でもこんな話したら桐島、不快になるじゃん。 「そうか、じゃあ俺も、友達を呼ぶ時は参考にする。こんな俺にもやっと友達が出来た。ずっとそんなものは要らないと思っていたが、いいものだな」  ここにはいない誰か、あのヲタクっぽい人のこと、多分彼のことを話してるんだと思った。僕と桐島の関係って、何だっけ?何だったんだっけ。ピザはちゃんとチーズのしょっぱさにトマトの酸味が効いて生地もカリカリに焼けてるのに、ただ何かを食べてるって感じしかしなかった。僕と桐島は友達ってそんなあっさりして人聞きのいい関係じゃなかった。僕が念を押したことじゃなかったっけ。 「き、桐島は、僕との、関係(コト)、ど…どう…思ってるの…?」  なんでそんなこと訊いたの僕。答え分かってるでしょ。だって僕が決めたんだから。 「大丈夫だ。約束は守る。俺は成瀬のものだ。きちんと成瀬を優先する。だから、佐伯のことは、」  ほらみろ。そんな質問されたって傷付くだけじゃん。僕が友達にもセフレにも彼氏(カノジョ)にもしないって言ったクセに。 「だから、来てくれたの。いきなりだったのに。わざわざ…」  まだピザの一切れも食べ終わってない。上品。本当に。住む世界が違う。少女漫画のヒロインなんてとんでもない。桐島は可憐なお姫様。僕は荒廃地帯の人喰い魔女。 「じゃあ僕がヤらせてよって言ったら、ヤらせてくれるのかよ」  桐島の目が伏せった。何言ってんだ、僕。こんな試すような真似してどうすんの。桐島から何が聞きたいの。僕は何が言いたいの。喉から逆流してくる言葉はピザみたいに酸味が効いてた。 「……そういう(こと)になるんじゃないかとは、思ってた」  僕を見ないまま繊細で綺麗で節くれだった手がアイロンかかってるシャツのボタンを外す。喉が鳴る。だってこのシャツの下にあるすべすべで綺麗な肌を僕は知ってる。 「何をしたらいい」  手が震えてた。ごめんな、いきなり落とすような真似して。僕は裸になっていく姿を見ていた。悲しいのか悔しいのか分からない。今すぐ抱き締めて頬っぺた寄せて感情と、手酷くぐちゃぐちゃにしてやりたい感情がぶつかる。 「何をしたら、成瀬の気は済む?」 「なんで僕のお人形になる必要なんかあるの…!」 「佐伯は、一応は許してくれた。でも成瀬は、許せないんだろう。だから償うしかない」  桐島が看病してくれたのもチョコくれたのもドタキャンを咎めないのも今日来てくれたのも全部、全部、ただ僕は達央の金魚のフン。首を突っ込まなきゃやり過ごせたおまけ。 「ベッド、乗って」  桐島は眉間に皺寄せて、目を固く閉じてた。嫌だよな。悔しいよな。でも僕だって床でヤりたくない。そもそも呼んだのだって最初から身体目的(ヤリもく)だったんだし。桐島は言われた通りにベッドに腰掛けた。 「聞いてよ、真樹ち。僕、達央に付き合おうって言われた」  押し倒すと少しだけ抵抗されたけれどすぐにぽすっと音がした。勃つ?勃つと思うけれど今のシチュエーションは、もう勃たない。桐島は僕を見上げるだけ。頬っぺた触る。ぷにぷにするほど肉がない。 「何とか言ってよ」 「…付き合うのか」 「真樹ちはどっちがいい」  桐島は口を開けたままずっと僕を見つめる。思ったより驚いてない。 「それは、成瀬の中で決まっていれば…俺は、何も……」 「本当に?そんな簡単に引き下がれる?」  眼鏡外して、枕のほうに置いた。 「僕のこと視える?」 「ぼやけてる」  じゃあいいや。眉毛に力込めるのは疲れる。でも解放したつもりなのに僕の眉は寄ったままだった。 「なんで、そんな表情(カオ)をするんだ」  細くて硬い手が僕の頬っぺたを触って、親指は目元を撫でる。 「視えてるんじゃん…」 「なんとなく分かる」  桐島の手をもっと僕の頬っぺたに押し付ける。握り潰しちゃいそうだ。 「僕はさ、達央のコト大好きだよ。達央がいなきゃこんな風に息して生きてなかったかも知んない」  指にチュウした。乾燥もしてないしハンドクリームとかでベトベトもしてない。さらさらしてる。関節ごとにチュウした。唇も、好きなところに当てると気持ち良いって知る。 「だから達央のためなら何だってしたい。抱きたいって言うなら抱かれるし、抱かれたいって言うなら抱きたい。付き合って欲しいっていうなら叶えたい。好きって言われたら応えるしかない…真樹ちの気持ちは分かってるケド」 「お前の、気持ちは…?」  深爪してる指を弱く齧った。初めて食べる美味しそうな果物みたい。 「僕の気持ちなんか関係ない」 「ある…佐伯は、そんなこと望むような、やつじゃ…」 「真樹ちが達央の何知ってるのさ…って言ってやりたいところだケド、そうなんだよね。でも佐伯達央はさ、僕にとってヒーローなの。この世界の主人公なの。失恋なんて真似、させられるわけない」  指齧るの気持ち良い。美味しい。いい匂いがする。胸の辺りが膨らむ感じがする。 「成瀬…」 「お願い、真樹ち。達央のコト忘れて。達央のコト諦めて。僕のこと恨んで」 「どうして成瀬を恨むんだ」  齧ってた指が僕の手から抜けて目元とか眉毛の辺りを撫でてくれた。小さい子供にするみたいだ。 「真樹ちが苦しいから」 「苦しいわけないだろ。俺みたいなのに好かれて、佐伯のほうがずっと苦しいくらいだ。俺のことは成瀬が気にすることじゃない」  桐島の手が離れちゃいそうで上から押し付ける。触ってるところ全部気持ち良い。肌が合わさってるだけなのに。ぐずぐずになる。 「でも僕、真樹ちがどれだけ達央のコト好きなのか知ってるのに」 「気にするな。そんなこと…恨むわけない。佐伯の恋が叶う。喜ばしいこと以外に何がある?」  嘘だ。偽善者だ。良いやつぶりやがって。僕はこんなこと言えない。思えない。好きなやつ奪った相手のこと憎んで恨んで大っ嫌いになる。だってそれが人間だ。 「成瀬が気にするなら諦めるよう努力する。邪魔はしない。安心してくれ」  熊とかライオンの爪でざっくざくに引き裂かれていくみたいだ。何気ない言葉が割とめちゃくちゃ物理的にも痛いってこと忘れてた。なんで。小中(あの)時代より断然優しい言葉なのに。 「そもそも佐伯に酷いことをした俺に、彼を大事に思う資格すらない。成瀬が俺を許さないって言ってくれたから、ほんの少しだけまだ好きで良いのかも知れないだなんて思った」  小さい子をあやすみたいに頭を撫でて、桐島は宥めるみたいに笑ってる。泣けば良いじゃん。僕が酷いこと言った時みたいに喚いたらいいじゃん。 「達央と付き合ったら、真樹ちのこともう呼ばないからね。会いに行かないから。知り合いに戻ろう」  桐島が僕の求めてる言葉なんか吐かないことはよく分かってる。それくらい僕はこの人を知っちゃった。確信してるくせにわざわざ僕はどうして傷付きにいくんだろう。答えなんか聞くまでもなかった。 「分かった。ただ遠くから見ていることは、許して欲しい」  僕は桐島の肩を掴んでベッドに押し付けた。言葉に出来なくて頷いた。喉からあの感情が咳みたいに出てきちゃいそうだった。  裏切れるわけない。「ごめん、付き合えない」なんて言えるわけない。達央は僕の世界だ。達央の世界の主人公で、僕の世界の主人公だ。脇役で悪役で村人Aの僕は達央のためだけに存在してる。カエルを虐殺した日にそう思った。目の前がちかちかする。達央が来て、みんなが散り散りに逃げて、達央はカエルの死骸を見て僕を怒った。それで謝った。埋めようって言って、泣きながら穴を掘ってた。それを僕は淡々と見てた。ごめんな、ってカエルに言ってんだと思った。でも、助けてあげられなくてごめんな、って達央が言った。僕は惨めで情けなくてカッコ悪くて、いじめ耐えてるよりずっとずっと遣る瀬無くて達央を掴んで、あいつらに言えなかった鬱憤を全部、たった1人僕の味方になってくれた達央にぶちまけた。裏切れるわけない。全部叶えたい。僕で達央が満たされるなら。僕で達央が完璧になれるなら。間違ってる?僕の気持ちなんか関係ない。呑まなきゃ。嘔吐(えづ)くみたいに桐島にあの感情が出てきちゃう。 「最後にする」  桐島に乗っかってちょっと開いてるシャツの中に手を入れた。すべすべ。硬くて、平たくて、僕の掌が性感帯になったみたいに身体中ぞわぞわする。 「佐伯に、悪い…」 「まだ返事してないから。最後にする。知り合いに戻るケド、これだけ、僕の、思い出にさせてよ」  達央が僕のこと好きだなんて思わなかった。桐島と付き合って欲しいと思った。でも僕は桐島が好きになっちゃってた。桐島が達央のこと好きなのよく分かってるけれど僕は達央に一生分の恩しかない。 「全然体格違うケド、僕のこと、達央だと思っていいよ。優しくする」  桐島は僕のこと呼んだ。不義理かな。でもまだ返事してない。達央と付き合ったら女の子とは遊ばないし、男ともヤらないよ。男っていうか桐島。達央どっちなんだろう。どっちでもいいや、僕は達央に従うし、流れで。出来るかな。別に僕が気持ち良くなる必要はない。でも男役なら勃たなきゃか。 「な、るせ…」  目元隠して耳朶齧った。桐島の声が詰まって息がふーふー言ってた。桐島もそんな野生動物みたいな声出すんだな。息切れしてるみたいな唇にチュウしたかったけれど後戻り出来なくなりそうで目を逸らした。本当はめちゃくちゃ好き。絶対言わないからせめて想わせて。 「成瀬…っ」  目元隠してた手を剥がされちゃって放られるとどうしていいか分からなくて剥がしてきた手を繋いだ。僕よりちょっと大きな手は細くて硬くて平たくて肌に吸い付く。指が交互に入らなくてぐちゃぐちゃに長い指の間に入っちゃった。でも隙を見せたら桐島の手が逃げちゃいそうでそのまま強く握り締める。このお手々とももうお別れだよ、僕のお手々。ちゃんとお別れ言うんだよ。 「なる、せ……っ、」  首吸って、喉仏舐めて、鎖骨吸った。どこもくらくらするほどいい匂いがして、肌は唇にも歯にも舌にも綺麗にフィットする。口動かしてないと、キスしちゃいそう。それか言っちゃいそうになる。好きって言っちゃいそうになる。 「っ……ぁ、」  無心になって吸って、吸って、たまに齧って、また吸った。桐島の空いた手が僕の後頭部の髪に乱暴に入ってきた。指先が頭皮に刺さったのにそれが気持ち良かった。 「何回、やる気だ…っ」  指摘されてシャツからちらちらしてる桐島の首から臍までの間に数え切れないくらいのキスマークがあって、付けたのは僕なのに、どうして桐島の綺麗な肌に痕付けてるんだって怒りと、すごく目に毒で頭がおかしくなりそうな訳の分からなさと、もっと付けたいって探究心でぐっちゃぐっちゃになる。 「ごめん…」  後頭部にまだ残ってる手が僕の髪を撫でていく。抑えきれないけれど抑える。 「痛くない?」  最後に付けたキスマークを押してみる。ぴくぴく動いてシーツの擦れる音がした。肌を撫でてベルトを外す。桐島の身体はどこもかしこもすべすべなのに僕の気持ちだけがざらざら騒めく。もうキスマーク付けないから形めちゃくちゃ綺麗な臍にチュウした。音立てたくなる。キスの音選手権、桐島となら優勝出来るんじゃないかな。そのまま毛が薄い股間までチュウしながら進んだ。髪を耳に掛けてちょっと膨らんでる桐島の、あれの、まだ皮に埋もれてるピンク色の先にもチュウしてから口に入れた。 「成瀬、そんな……汚……ぃ、」 「ごめん。でもしたい」  潔癖だもんね。僕の涎付くの嫌だよね。でも舐めたい。気持ち良くしたい。謝ることしか出来なかった。口の中が寂しい。 「違…っんぁ、汗、かいたから……っ」  もぞもぞ動いて感じてくれてる。すごく嬉しい。数こなすなんて相手が桐島しかいないし、桐島しか相手にするつもりなんか無いし無理だから上手いか下手かは分からない。それに桐島、感じやすいから。  繋いだままの手が暴れて、僕の髪を撫でてた髪は口を押さえてた。 「聞かせて、声。真樹ちの感じてる声す、………聞きたい」  また口に入れて舐めた。仮性包茎がこんな綺麗に見えることって人生一度あるかないか。多分僕の人生にはもう無い。これきり。カリ隠してる皮の部分とと先端の間に舌をちろちろして差し込んでみたかった。  「恥ず…かしい……っぅあ、」 大きくなって皮が捲れて、桐島のは本当に白とピンクの綺麗なちんこだった。ちんこそのものがグロテスクな形してるのに、桐島のは芸術品みたいだ。現れたカリに口付ける。小さな穴を舌の裏で擦ると桐島の味がした。ねばねばして糸引くのが可愛くて舌先でくすぐる。 「…っん、ぁっ!な、る……せ、」  声が熱っぽくなってた。目が潤んで僕を見てる。見つめ合ったまま先っちょ舐める。ちょっと大きめな棒キャンディーみたいに唇を引っ掛ける。歯を立てないようにするのは意外と大変。何度かくぱくぱ唇で遊んだり、根元からカリまではむはむして遊んだ。ぴくん、って跳ねて桐島の足が焦れったそうにするのが面白くて何度か繰り返した。口開いて何度かどう咥えようか模索した。喉奥まで咥えるの、観ている側だった時なら苦しそうに思ってた。されてる分には気持ち良いんだけれども。でも口の中で大きくなって、桐島のだからかな。喉奥がじんじんしてもっとぐぽぐぽしたくなる。もっと気持ち良くなって欲しい。イかせようか、後ろ解そうか迷った。男とちゃんとヤるなんて初めてだから、要領が分からなくて。イかせちゃったら怠くなっちゃうかな、とか。でも桐島の最後にくらい飲みたいな、とか。 「成瀬…俺も、お前の……舐める」  手を止めたつもりないのに迷いは伝わっちゃってたみたいで桐島はもぞもぞ起き上がった。顔は赤くて相変わらず目が潤んでて、胸がきゅ~んって締め上げられる。「下手だったらすまないな」ってちょっと乱れた髪耳に掛けて、僕の股間はびーんって元気なのに、なんか最後なんだな、もう後戻り出来ないんだなって誤魔化すのしんどいのにへらへら「ありがと」って笑うしかなかった。
ロード中
ロード中

ともだちにシェアしよう!