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第1話
「風間、起きろよ。」
もうこれで何度目になるだろうか。芳野薫 は、一向に起きる気配のない彼の肩を揺すりながら、声をかける。毛布からむき出した綺麗に筋肉の付いた肩は、揺れに従って左右に動くが、ただそれだけ。
彼――風間涼太 は、一度眠ったらなかなか起きないのだ。
「お前、今日は3限から講義じゃなかったのか!」
だからこそわざわざ目覚ましをかけ、彼のためにこうして起こしてやっているというのに。呆れ半分、苛立ち半分の想いを、風間の耳元で発散させる。
「…なんだよ」
あからさまに不機嫌な顔。幾分長めに放置された前髪の隙間から、すっと開いた瞳がのぞく。その目が、眠たげでいつもより腫れぼったい。恐らく、昨日深酒をしていたせいだろう。
性的な関係を持つ事への気楽さは、今に始まったことではない。昨夜、薫が23時をまわって帰宅すると、玄関のドアを開けたまま、風間は見知らぬ女性と抱き合っていた。女性が去っていく姿を確認してから、素知らぬふりをして自宅のドアを開けると、アルコールの匂いと女性物の香水が室内に充満していた。
風間は、軽く開け放った窓から煙草の煙を吐き出しながら、おかえりと笑い、明日は起こしてくれないかと頼んできたのだ。
「起こせと言ったのはお前だろ。だから3限の授業に間に合うように、こうして起こしているというわけ。わかる?」
「ない。」
「どういうこと」
「今日は教授が学会で休講。いま思い出した」
大きなあくびをしながら、平然と言い放つ姿に一瞬怒りが最高潮に達するが、それをぶつける気にもならず、長い溜息を吐く。枕元の時計を呑気に確認する彼を横目に、ベッドから体を起こそうすると、彼の右手がそれを押しとどめた。
「な、にっ…」
言葉を全て言い終える前に、ベッドの中に引きずり込まれそうになる。その手を振り払おうと咄嗟に振り返ると、間近で瞳がかち合い疑問を抱く前に柔く唇が重なった。
「…酒くさい」
思わず憎まれ口を叩いた。薫は非難するように軽く睨むが、風間は何て事ない表情で見返してくる。
「お前、酒好きだろ」
「寝起きでも、屁理屈だけは絶好調だね。…って、何してるんだ」
ひやりと触れる肌の感覚。いつの間にか捲られたシャツから滑り込む、低い体温と指先。思わずぞくりと身体が震えて身を捩ると、風間が悪戯を仕掛ける子どもの様な笑顔を口許につくった。
「そういうのは彼女とでもやれよ」
彼の何時もの悪ふざけ。こちらの気もしらず冗談じゃないと思いながら、下半身に集中する熱をどうにかやり過ごそうとする。彼にとっては悪ふざけでも、自分にとってはそうではないのだ。何が悲しくてこんな男を好きになってしまったのかと、薫は一瞬頭を抱えた。
「彼女いないって。」
「…昨日連れ込んだ女性は」
「向こうの孤独と俺の性欲のタイミングがたまたま合ったんだろ」
どこか投げやりに返す様子に、何が楽しくてそういった事を繰り返しているのか、たまに疑問に思う。
薫は、人をあまり好きにならない。元来、人付き合いが苦手な性格だと自認しており、無意識に他者に境界線を作ってしまうのだ。その分、一度想い人が出来ると心に秘めたまま、一途に想い続けてしまう。そのような性分の薫には、風間の奔放さに惹かれる想いがある一方で、理解もし難かった。
「よくもまあ、次から次へとタイミングが重なるよ」
「当たり前だろ、俺は男だからな。男の性欲が枯れたら人類みな滅亡だ」
「人類みな兄弟にならないよう、せいぜい気を付けてくれ」
彼を振り払うようにしながら下半身をさり気なくずらし、そのままうつ伏せになって溜め息をつく。
「というか、それってまたセフレ出来たってこと?」
「セフレではないな」
振り払われた腕でベッドに肘をつき、頭を支える様にしてこちらを向いた風間が生真面目に答える。
「なんで」
「昨日はじめて会ったから。」
あれだな、アバンチュールってやつだなと呟く彼の言葉を無視して、さっさとベッドから体を起こす。
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