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第33話

 「いない...か、」  翌日の昼間。松高の家に鞄を忘れてきてしまった事に気がついた。穂波は重たい足取りでそこへと向かった。  しかし、当の本人は留守でそれは無駄足になってしまう。だから仕方なく穂波は松高には今日中に鞄を取りに行く、とメールを送った。  ― まぁ、参考書なんかどうせ今回も使わないだろ、  昨日、二葉は携帯にかけても無駄だとわかったのか、家電にかけてきた。そして電話に出たのが母だったために、居留守は許されず結局穂波は長電話をさせられていた。  その時、二葉に明日...つまり夜が明けた今日、日向はバイトで昼間はいないと言われた。その言葉がさす意味は言わずもがな、一つしかない。  昨日の今日で他人と肌を合わせる行為はしたくなかった。ましてや、日向にその行為がバレているという状態で。  それにしばらく日向とも距離を置きたい。  ― 今日は日向がいない。二葉と話をつけるなら今がちょうどいい。  まずは二葉を説得し、どんな条件をのんででもいいから日向と離れさせなければ...  そして穂波は限界まできている自分の心から目を背けて二葉が待つ日向のマンションへと向かった。  ―  ――  ―――  ― 本当、最近ついてないな...  日向のマンションへと向かってしばらく。バスを降りた穂波を出迎えたのは大粒の雨だった。  急いで目的地へと向かうが数分もしないうちに全身ずぶ濡れ状態になり、肌にべたつく服やズボンに嫌気がさす。  「...あ、穂波先輩!!」  もう少しでマンションに着く、というところで前方から自分の名を呼ぶ松高の声が耳に入ってきた。  「松高...なんでここに、」  「えーと、あの...鞄を届けようと思ったんすけど...穂波先輩なら今日も日向先輩の家に行くのかと思って...」  「ん?さっきメール送ったけど、」  「え!本当っすか!俺、携帯家に置いてきてて...」  「そっか。まぁ、でも会えてよかった」  傘を持たず、ずぶ濡れになっている穂波の元へ駆け寄ってきた松高はすぐに傘の中に招き入れた。  そして心配するかのように声をかけてくる松高に穂波は申し訳ない気持ちで心が溢れかえる。  「わざわざ持ってきてくれてありがとな」  「いいんすよ、別に。俺、夏休みはいつも暇してるんで」  そう言っていつものように笑う松高に穂波はどこか安心した。  マンションの入り口まで数m。ゆっくりと二人で歩きながらも松高は昨日のことについて聞いてくることはなかった。その気遣いに穂波は感謝する。  最近はずっと精神が追いつめられるような事ばかりが続いていた。そのせいか、今はやけにこの時間が終わる、ということに惜しさを感じてしまう。  もう少し、もう少しこのままこの時を過ごしたい。そんな願望も生まれる。  「穂波先輩...?」  「松高、俺...っ、」  だからだろうか。穂波はマンションの門の前に着いた時点で歩みを止め、松高の顔を縋るような瞳で見つめてしまう。    だがそこから穂波の言葉は途絶えてしまった。  ただ、穂波は今の自分の状況を聞いてもらいたかった。  ただ、あるはずのない救いの手を望んでしまった。  ただ、それだけ。

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