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その後の話1

 「おはよう、穂波。今日は血色もいいし体調がよさそうだ」  いつものように穂波のいる病室に入れば、そこは一瞬にして2人きりの世界に変わる。  日にあたり、黒く輝く髪。部屋に入り浸り、外に出ないことによって肌は白く、それが相まって唇の赤さが際立っていた。  こちらを見て頬を緩め、笑む穂波の表情は穏やかなものだった。それを見て同じく笑顔になるが、一つだけ気に食わないことがあった。  「おはよう。いつも来てくれてありがとな...――― 松高 」  そう、それは名前。  追いつめられて気狂いになった穂波。あの死体もなんとか上手く片付けられたからよかったものの、危うく穂波は犯罪者の烙印を押され、牢屋行きになるところだった。  ― ようやく穂波を独占したんだ。自分だけの穂波。それなのに...それなのにそれなのに、  穂波はあの後輩の名前を呼ぶ。  穂波がそう呼ぶことによって、看護師にもそう呼ばれていた。でもそんなことはどうでもよかった。  重要なのは、穂波と自分との間に1㎜も他人の存在を入れない、ということのみ。  ― 漸く自分だけの穂波になったのに、どうして松高なんて呼ぶんだ。どうして、松高と呼んでそんな幸せそうな顔をするんだ。一緒にいるのは、松高なんかじゃ、ない。  考えれば考えるほどに、溢れるほどの嫉妬心で胸の中はどす黒く染まり上がる。  「穂波...久し振りに、また再開しようか。前はすごく暴れたからね...今日はどうなるかな」  「ん、再開?...俺、なんかしてたっけ。ってか、暴れたって...そんな記憶ないけど、」  「まぁまぁ、大丈夫。穂波はただ名前を呼べばいいだけ。―――――...日向ってさ、」  「...ひな、た...」  間をおき、呟くのは自身の名前。 その瞬間、穂波は体を硬直させストン、と表情を失くした。  「そう、俺は日向。さぁ、もっと呼んで。もっと...もっともっともっともっと、」  「ひ、なた...ひなた...ひなた、ひなたひなた日向日向日向―――...殺してやる 」  まばたき1つ。次に瞼を開けた時には、眉は下がり口角を上げた、歪んだ笑みを浮かべる穂波がそこにいた。  日向にだけ向けられたその見開く瞳は赤黒く濁り、光を失っていた。  「あぁ、なんだかゾクゾクするなぁ、」  日向の口からは熱い吐息が漏れ出す。あの日、あの時、同じ表情をした穂波に刺された腹部が甘く疼いた。  そうして、異常を感じさせる叫び声を上げながら日向に襲いかかる穂波を医師と看護師が押さえつけるのは、これからほんの数分後の話。

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