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最終話

 最近、町はずれにあるこの精神病院に、ここに来るような患者らしくない人が入院してきた。  年は20歳。背が高く、私を含めここの看護師皆が騒ぐほど顔は整っていた。黒髪でクールな感じの青年。それがその患者の第一印象。普段は会話に異常も見られず、精神を病んでいるようには見えなかった。  しかし、この患者...穂波君はしばしば幻覚を見たり、幻聴をきいたり、というような症状を見せていた。  その時、ひどい場合は人物の判断もままならないほどで、反社会的な思考をちらつかせた。  私自身、穂波君の担当になってからも、何度もその症状を見てきた。  そして彼には家族がいないのか、よくわからないが1度も家族の方々が見舞いに来ているのを見たことがない。  年も若いのに、と同情さえしてしまう。家族とのことで精神を病んでしまったのかもしれない、と考えたこともあった。  「おはようございます」  「おはようございます。今日も早いわね、」  「はい...何だか心配で...。少しでも多くの時間、一緒にいてあげたいんです」  「そう。本当に穂波君とは絆が深いのね」  「ははははっ、うん、そうですね」  そう言って、ニコリと笑い穂波君の病室に入っていく青年。彼は穂波君が初めてここに来た時からずっと一緒で、穂波君の家族のような存在だった。  季節も冬になり、雪が降って寒い中、毎日彼は穂波君に会いに来ていた。穂波君も彼には信頼を置いているらしく、“松高”と愛着を込めた声で彼を呼んでいた。  「それにしても穂波君。大分症状も軽くなって来たわよね。」  「そうですね。やっぱり、彼が毎日献身的に尽くしてくれるからかしら」  そういい、同期の看護師である佐藤さんが穂波君といつも一緒にいる青年を指す。  「彼も、いつも笑顔できっと穂波君も安心するんじゃない?あーぁ、でもいいなぁ。私も穂波君の担当になりたかった。もう、目の保養よね」  「私もある意味でラッキーだったな。担当になれて。でも私的には、松高君も素敵だと思うわ」  特に考えることなく、ふと思ったことを佐藤さんに言ったのだが、その瞬間佐藤さんは不思議そうに首を傾げさせた。  「んー...もしかして、松高君って彼のことを言ってる?」  「えぇ、そうよ。穂波君といつも一緒にいる...」  「あら、それなら違うわよ?彼、“松高”っていう名前じゃないはず」  「え...?でも穂波君は彼を“松高”と、」  そうだ。いつも穂波君は笑顔で彼を松高と呼んでいた。すると佐藤さんは何とも不思議そうな顔をして、小さな声で言葉を紡ぎ始めた。  「それが...私、彼が初めて穂波君と一緒にここに来て、受診していた時に先生と一緒に診察室にいたんだけど...その時、保証人の欄に書いてある彼の名前は“松高”ではなかったの」  「ちょっと待って、それならおかしいじゃない。穂波君はなんで...それに私が彼のことを松高君、と呼んでも彼、何も言わなかったわよ」  「そこらへん、私にもわからないの。本当の名前は...うーん、忘れちゃったんだけど、でも松高って名前ではないのは確実。」  「不思議ねぇ...」  佐藤さんの口から聞いたことは、何だかしっくりとこなかった。  私も佐藤さんも思わず腕を組んで首をかしげてしまう。  「あっ、不思議といえばもう一つ彼のことで話があるの」  ふと何かを思い出したのか、佐藤さんは目を見開かせて声を出した。  「私、穂波君が診断を受けるときに診察室にいたって言ったじゃない。あの時ね、穂波君の精神の病について彼に先生が話をした時...あの...その、私驚いちゃったんだけど...」  「....え、何よその間は。気になるじゃない」  急に口を閉ざしてしまう彼女はあたりを見回し、私と佐藤さんしかここにいないと確認すると、私の耳元に近づき、  「彼、悲しむでも怒るでもなく...  ―――――笑っていたのよ、とても嬉しそうに。」  そう、小さく小さく囁いた。  

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