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第17話
思いがけないこと、ありえないこと...それは突然春臣自身の身に起きた。
映画の打ち合わせがあると言われやってきた待合室。目の前に立つのは複雑な顔をしたマネージャーである京太。
「どういう、ことだよ...」
春臣の目はこぼれんばかりに見開き、全身の血液がサーッと下がっていくのが分かった。
「俺が主役降板って...」
今にも消え入りそうな声。震える体。春臣は京太に言われた言葉を繰り返し、そして縋るような瞳で見つめた。しかし京太は依然として口を一文字に結び、目線を下げたままだった。
意味が分からなかった。なぜ自分が降板したのか。こんなにも役者という仕事に全てを注いでいるというのに。
「なんでだ?俺が一番適役だろう、俺の何がダメなんだ。降板の理由は何だよ...っ!」
「春臣は何も悪くない。お前の演技は素晴らしい。天才だ。だけど、今回は監督の意向が急遽変わった。その結果春臣は助演となった。そして主演は...――― 千晶だ、」
「...ッ!!」
その瞬間、春臣は持っていた打ち合わせ資料を京太の顔に投げつけた。受け身を取らない京太に当たったそれはパラパラと床に散りばめられていく。
信じられない現実に打ちのめされ、春臣はソファに崩れ落ちるようにして座った。
今まで役者一筋で生きてきた。それなのに芸能界に入って数年の千晶に決まっていたはずの主役の座を奪われたのだ。
「春臣、今回の役はミステリアスで謎めいた男の役。お前ならきっとそれさえも臆することなく演技できただろう。だけどな、千晶は売り出し文句からしてそれに近くて、だから監督も―――」
「それでも、主役は俺だって決まっていたはずだ!!それが何で今になっていきなり降板になんて、」
落ち込む春臣の肩にのせる京太の手を振り払い春臣は激昂する。それは普段見ることのできない春臣のむき出しの感情だった。冷静になることなどできない。それだけ春臣はショックを受けていた。
「それは俺がその映画に出たいって言ったから。京太から聞いてない?春臣の前に本当は俺に最初主役のオファーが来てたこと」
「...っ、千晶、お前はちょっと廊下に出て待っててくれ、今は春臣と2人で―――」
「待てよ、じゃあ俺は初めからこいつの代理だったってことなのか。こいつが断ったから俺に話が来て、今になってOK出したから俺はいらないって...そういうことかよ」
京太は何も言わず立ち尽くしていた。それはどれだけ春臣がこの仕事にプライドをかけているのかを知っているから。
しかしそんな京太の横を通り春臣の前に歩いてきた千晶は穏やかな表情で春臣の頬を撫で、顎を上に持ち上げる。
「それ以外の何があるっていうの。あんたは俺に負けたんだよ」
その時、初めて春臣の歩んでいた道が脆くも崩れ始める音がした。
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