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第16話
中学生だった誠太も千晶と同じ大学生へと成長を遂げていた。夢の中のか弱い存在ではなくなってしまった。そんな誠太に春臣は興味を失ってしまっていた。
そもそも“少年”という弱い存在、視野の狭い無垢な存在を掌の中で転がして遊ぶのが楽しかったのだ。だから誠太の少年さが失われてきた中学後半では、性行為も行わなくなった。
優しくすることもなく、寧ろ冷たくなり、態度を豹変させる春臣だが、それでも誠太は未だにあの頃のまま懐いてきていた。
誠太は食卓で朝食を食べている春臣を見るなりその隣に腰をおろしてくる。
「春臣君、きいてよ。もうすぐ俺も誕生日でようやく20歳になるんだけどさ、親父が跡を継げってうるさく言ってくるんだ」
「...」
「でも跡なんて継いだら今迄みたいに春臣君と会えなくなるから、継ぎたくないんだ。今みたいに毎日顔合わせられるのがすごく幸せだから」
「ごちそうさま。千晶、今日は帰り遅くなるから夜飯いらない」
誠太の話に意見することも相槌することもなく、春臣は席を立ち、洗面所へ向かう。
「あぁ、そう」そう素っ気なく言う千晶は未だに春臣に話しかけようとする誠太の腕をとり、玄関の方へと歩いていく。相変わらず目線は合わない。...別段合わせたいわけでもないが。
玄関の閉まる音。一気に静まり返った部屋が何となく嫌でテレビをつけ朝のニュースをBGM代わりに春臣も身支度を始めた。
『みなさん、おはようございます。今朝のニュースは大ブレイク中で人気を博している天宮千晶さんの特集から始まりたいと思います!』
やや興奮気味に話すアナウンサーの言葉に春臣は足を止める。テレビ画面には“中性的”“ミステリアス”“王子”と三拍子が揃っている。
若い世代を中心として今、千晶はテレビで引っ張りだこになっていた。
何を思ったのか、高校の頃から始めた芸能活動だが千晶は天才的な才能を開花させた。愛想もなく媚びることのない性格は変わることがなかったが抜群の演技力で鰻登りに人気絶頂となった。
「まぁ、俺には関係ないけど」
だが、春臣はそれに対して何ら沸き立つ感情はなかった。千晶が人気になろうと、自分と同じ俳優業で成功しようと、要は自分の障害とならなければどうでもいいことなのだ。
春臣自身、常に役を演じ切ることで幅広い世代から支持され、人気も安定している。
つい先日も映画の主演オファーが来たばかりだった。
皆に必要とされ称賛されるのだ。自分には役者があっている。誰よりも誰よりも誰よりも。だからそれ以外のことなど、春臣にはどうでもよかった。
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――――
―――――――
「今日は春臣君機嫌がよかったね。何かいいことでもあったのかな」
「あいつの機嫌なんてどうでもいい。誠太もよくあんなに冷たくされてもめげないで話しかけられるな」
「俺はいいんだ。むしろ素の春臣君がみれてうれしいんだ。今はもう俺も大きくなって子ども扱いされてないんだって思えて。」
自分よりも目線の高い誠太を見上げ、千晶は呆れ気味に息を吐いた。
誠太が中学生のころから春臣と性的関係であることは知っていた。もちろんそれが誠太の“大人”への成長が垣間見えたころに終わりをつげたことも。
「お前、親父さんの跡継ぐ気はないんだな。...ってことはあの話はどうするんだ」
“あの話”千晶がそう言った瞬間、誠太は顔をこわばらせた。千晶に視線を合わせないよう目を伏せる。
「俺は、なかったことにしてほしいやっぱり駄目だよ、俺にはできない。ごめん、」
「いいよ、謝らないで」
意を決して言う誠太は千晶の返しに身構えたが、当の本人はいつもの無表情でいるだけで怒りなど負の感情を見せてはこなかった。
「きっとすぐにその言葉は覆るから」
しかし、次に発したそれに誠太は何も反論することができなかった。
― なぜならあの千晶が天使のような微笑みを浮かべていたから。
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