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第27話
「凪(ナギ)は相変わらずだな。来る者拒まず去る者追わず、だ。いつか恨まれて刺されるんじゃないか」
「それじゃあ奏多(カナタ)はいつでも救急車を呼べる準備をしておいてね」
そして目を合わせるとクスクスと笑う2人。それは凪役である千晶と奏多役である春臣の初めての共演シーンであった。こんな風に2人が笑い合うなんてことはプライベートでは最早ありえないことだ。
大学の講義室の一室で行われた映画撮影1日目。2人はこの日久しぶりの再会を果たした。
あの一件で痴態を見せて顔を合わせるなど撮影がなければ言語道断だ、と思っていたが会ってみれば意外に平気な自分に感心した。
「でも本当、少しは気をつけないと男でも女でもほいほいだから...」
「あれ、奏多は男同士に偏見ありかな」
「い、いや別に俺は...ってか顔近いし」
ぐい、と近づく千晶の顔。それに対して顔を赤くさせて恥じらう演技など春臣にとっては朝飯前だった。
-それにしても、こいつの演技なまで見るのは初めてだけど...
悪くはない。素直にそう思った。千晶自身のことは嫌いだが、演技はまた別だ。ここまで売れたのは顔だけが理由ではないのだな、と納得できた。
-だけど俺には及ばないな。
「凪、お前俺のことなめてるだろ。いつもそうやって揶揄って俺の反応見て楽しんでるもんな」
「だって、奏多の反応可愛いから。自覚ないの?たまには鏡で確認して---うぁっ、と」
「俺だってちゃんと“男”なんですけど」
春臣は千晶を教卓に押し倒し鼻と鼻が触れ合いそうなほど近くまで顔を近づけた。
セリフは台本通りだが行動はアドリブだ。千晶は予想外の動きだったからか目を大きく見開いて驚いていた。
周りのスタッフたちも息を飲んでこちらに釘付けになっているのがわかった。
-俺こそが主役に相応しい演技力があるんだよ
カメラやスタッフに見えない角度から、春臣は不敵な笑みを千晶に向けた。
「なーんてな。乱暴なことして悪かったな」
春臣は千晶から離れるとあとは台本通りに講義室を出るため扉の方へと歩いていく。
「カ、カーット!一旦カメラ止めて」
そこで監督の一声が響いた。
「藤堂君!今の演技すごくよかった!よかったんだけど...少し強過ぎる。これじゃあ主人公が変わってきちゃうからもう少し演技を抑えて」
「...はい、わかりました!気をつけます」
監督のその言葉に春臣は内心舌打ちをして悪態をついた。
-言われると思った。でもそうなら最初から俺を主役にしておけっての。
苛々とする春臣であったがその時、傍で無表情で歯噛みしている千晶が視界に入った。
「天宮君、俺のせいで止めちゃってごめんね。俺も気をつけるから一緒に頑張ろう」
他人行儀にそう言えば感情の読めない瞳でじっと見られた。
「嘘くさい演技」
それだけ言うと笑顔のまま固まる春臣を置いて千晶はその場を後にした。
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