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第51話

 京太は今日も仕事が遅くなるということで、キッチンには千晶が立ち健気にも春臣の好みのものを作っている。  「あー、味噌がない。これがないと全然別の料理になるじゃん」  「それなら、俺買ってくるよ」  ソファに座りなんとなしにテレビを観ていた春臣であるが、買い物に行こうと立ち上がる。そんな春臣を見て「春臣のわりに気が利くね」と、千晶は朗らかに笑った。  火元から離れられないから、とキッチンから見送りをされ春臣は車のキーを持って外に出た。  時刻は夕方に差し掛かった頃。まだまだ残暑が続く季節ということもあり、生温い風が頬を掠めた。  車に乗って数分、近所のスーパーに着いた春臣は買い物をしようと車から降りた。その時、  「春臣君もこういうところに来るんだね」  突然背後からここにいるはずのない男の声が聞こえた。  「誠太...なんで、ここに」  「なんでって俺の部下が春臣君のこと監視しててここにいるよって教えてくれたから」  「監視って、何考えてんだよお前」  思わず、春臣の顔が引き攣る。爽やかな笑顔を向ける誠太の口からは異常な言葉が紡ぎ出された。  「今日は迎えに来たんだ、千晶だけじゃなくて俺とも遊んでよ」  徐々に狭まる誠太との距離。春臣の中で警報が鳴り響いた。  「この、キチガイ野郎。お前と遊んでる暇なんて俺にはないんだよ」  「まぁ、そう言わずにさ。俺も春臣君に尽くしたいんだ...色々とね」  深まる笑み。春臣は車に戻ろうとキーをポケットから出すが...————  「い゛...っ、」  チャリン、と落ちた鍵の音が耳を掠める。  後ろから伸びてきた手が春臣の手首を強く掴み、捻り上げていた。  思わず痛みで顔を歪める春臣だが、後ろにいる人間を見て一瞬硬直する。  そこにいたのは、全身黒いスーツを着てサングラスをかけたガタイの良い男。  どう見ても堅気には見えないその男に怯んでしまう。  「怖がらないで、春臣君。その人は何もしないから。ただちょっと手伝ってもらうだけ」  「それじゃあ車に乗せてあげて」と、誠太はその男に命令すると落ちていた鍵を拾い、そのまますぐ近くに止まっていた黒い車に乗った。そしてその後に続いて春臣も後部座席に押し込むようにして乗せられる。  「誠太...お前、自分が何してるのか分かってんのかよ」  隣に座る誠太を睨みあげるが、口調は打って変わって弱々しいものであった。  「ふふふ、春臣君まだ怖がってる?語尾が震えてるよ」  春臣の問いかけに応えることなく誠太は笑う。全くもって会話が噛み合わない。  ― マジかよ、あと少し...あと少しで千晶を上手く丸め込んで全てが上手くいく予定だったのに。  誠太から何もしてこないはずがない。そんなこと、分かっていたのに...。  千晶と過ごした恋人ごっこの雰囲気に感化されて危機感が鈍ってしまったのだろうか。  どちらにせよ、今の状況は些かやばいのではないだろうか。  春臣の額には、暑くもないのに汗が滲む。それは焦りからくるものであった。  黒服の男が車を発進させ、景色は変わっていく。もちろんそれは誠太の実家に向かっているわけで。  「俺ね、後継ぐ代わりに家の離れをもらったんだ。俺の家と同じ敷地内にあるんだけど、特別何かない限り基本的には誰も寄り付かせないつもりだから安心してね」  「...は?何言って...。全然、意味わかんないんだけど」  「あと、今日はちゃんと遊んだ後はお家に返してあげるから、それも安心してね。やっぱり初めてでしつこくしちゃったら流石に春臣君に嫌われちゃいそうだから、俺も我慢することにしたんだ。ねぇ、俺偉いでしょ?」  唖然とする春臣を無視して誠太は話し続ける。誠太の言葉を頭が受け付けない。全くもって理解ができないことばかりを楽しそうに語るその男が怖かった。  「ところで千晶とはまだ最後までしてないんだね。千晶から聞いてびっくりしたよ。あんなに長い期間一緒にいたから、俺に秘密で手出しまくってるのかと思ってたけど...意外に千晶もうぶなところがあったんだね」  「な、なぁ、このまま家に帰してくれよ。お前なら、俺の願いを聞いてくれるよな?」  誠太は春臣に対して従順であった、それに僅かな望みを託すが... 「だからこれから向かってるでしょ?あそこはもう春臣君のお家でもあるんだから、遠慮しないで帰ってきてね」  引き攣った笑みを浮かべたまま春臣は固まる。ダメだ、こいつに何を言っても伝わらない。  「春臣君、気に入ってくれると嬉しいな」  そう言って笑う誠太はある意味で、純粋そのものであった。

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