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翌日、兄者からは謹慎 を言いつけられた。
いや自宅謹慎だったらまだ良かった。
朝起きて、隣にいる兄者を抱き抱えもう一度微睡 の中に落ちようという時だった。鈍い痛みと星が飛んで、気づけば布団の上に全裸で正座させられていた。挙句、夜まで帰ってくるなと言い含められ、俺は風呂にも入れぬまま服を身につけ、外へと放り出されたのだった。
「夜まで……」
夜になったらまたしても良いってことだろうか、などと自嘲して笑う。夕暮れから夜になろうとする風景をカフェのガラス越しに見ながら、ガラスに映った自分の顔を眺める。
兄者はやはり怒っているのだろうか。
何度となく考えては結論はもう出していることを取り出して俺はまた考え始める。昨夜の兄者の乱れた姿とその淫 らさに口の端を緩め、反芻 することで押しやっていた考えだが、やはり合間合間にこの考えに戻ってきてしまう。
兄者は怒っているか? ――当然だ。
長々と続いた性交、当て付けの為の自傷行為。嫌がる兄者に強いた体位、慣らす為とは言え押さえつけた体、そして挿入。ピストン。おまけに……中出し。
そのすべてに怒りが湧いてもしょうがない。兄者の性格を鑑 みれば致し方ない。
しかし――これを逃せばいつ繋がれたか分からない。
兄者が俺を受け入れてから一年と少し。二人離れで暮らす生活はこの上なく幸せだった。いつだって俺は兄者を独占できたし、一日の終わりに兄者の顔を見、一日の始まりに兄者の穏やかな顔を見ることができた。それは兄者へ懸想 をしてからずっと希 ってきた暮らしだった。
だが反面、ただ兄に触れるだけにも大分時間を費やした。手を繋ぐことも抱きしめることも、口付けすることだってそうだ。舌を差し込んだ日には咄嗟 に殴られたことも記憶に新しい。
こんなことでいつ、繋がれる?
急いてはだめだと分かっていても、この先を思っての長く緩やかな道のりを行かねばならないことに厭 くことだってある。
俺は俺を持て余していた。
そんな時に当の本人に「抱け」なんて言われたら。それが心からの言葉ではないとしても。
「食いつかずにはおられんだろう……」
ポツリと漏らした自分の顔は情けないものだった。テーブルの上のカップはとうに冷えきっていた。ほとんど口をつけなかった珈琲を見つめて、俺はふうと溜息を吐いた。
「男前が台無しだな」
その声に弾けるように目線を上げる。ガラスの中では驚いた自分の顔と、その横に立つ困った弟を見る兄者の顔。兄者のその表情がすでに懐かしい。
「あ、兄者?!」
驚き立ち上がり、どうしてここにと続ける間もなく兄者が口を挟む。
「お前がいつまで経っても帰ってこんから……。俺も言いすぎたようだ、すまない理衛」
「い、いえ……そんな……」
どうしてここが分かったんだとか、どれだけ探したんだろうとか、体は大丈夫なのかとか、無理はしていないかとか、――自分を探しに来てくれたのかなど、様々な思いが胸に去来しては締め上げる。
兄の耳と鼻が赤い。外は寒かっただろうに。
「帰ろう、理衛。寒かっただろう」
俺が考えることと同じようなことを言って微笑んだ兄は、昔から変わらない優しい顔をして俺を見ている。
「はい……」
兄者の姿が目に滲 みる。昨夜食い荒らしたというのに、もう清い。これだから……と思って苦い気持ちになる。同時に誇らしい。
暗くなった帰り道を二人並んで歩きながら、兄者はぽつりぽつりと語ってくれた。
応虎と秋乃のことを素直に祝えぬ自分が辛かったこと。まだ蟠 りは消えていないこと。それでも二人と生まれてくる子のことを歓迎したいということ。
そして、昨夜のことを後悔してないということ。
「お前には随分と辛抱させたな……。俺の踏ん切りがつかんせいで、すまない。だが、俺には人より時間が必要なんだ。お前のように上手くやれたなら……」
そう切って、寂しげに笑うと兄者は続ける。
「無いものを強請 っても栓がない。確かに、今回お前には許したのは……例の件があったからだが……なにもそれだけではないんだ理衛」
訝 しげな顔をしたであろう俺をちらりと見やり、兄者はくすりと笑った。
「俺だってお前に触れたいと思う時はあるんだ」
そういう意味で、だ。と付け加えて兄者は屈託 なく笑った。
兄者とこうなれたことを、本当に身に余る光栄と、僥倖 だと俺は思う。
これから幾度となく舞い込む幸と不幸の中でも、訪れる夜をひとり、過ごすことはないのだから。
――――――――
おしまい!
理翠はいいぞ
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