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2.世話係の男

「おはようございます。起きる時間ですヨ~魔王様」  鈍重な棺の蓋が鈍い音を立てて開く。薄く目を開けば銀色に輝く髪をかき上げる妖艶な雰囲気の男がいる。ああ、もう目覚めの時間か。 「お早うセバスティアーノ。相変わらず早いな」  セバスティアーノ・ガリエ。数十年ほど前に人里付近で放浪していたところを私が拾ってきた。  今は訳あって私の世話係兼お側役をしてもらっている。身の回りの世話から業務補助、人には言えないようなことまで何でもこなす男だ。 元は身売りしながら生計を立てていたらしいが私に出会ったのがいい転機になったようで(改心はしていないが)王宮勤めに身を置くことにしたそうだ。相変わらず暇さえあれば男女構わず抱くらしく、一部の魔族からは言い寄られているらしい。何度か「婚約すればいいのではないか?」と言ってみたがどうやらその気は無いらしく若いうちは遊びたいのだとか。 「まぁ………さっきまでおアツいことしてたからネ?」  美しい容姿からかなりの猥談が飛び出すのだからこの男は侮れない。彼はハーフでありインキュバスの血統と鬼族の血統が入っているそうだ。そのせいなのかは分からないが性的な事さえしていなければ上品な男だ。ただ、色気が隠せないということは否定しない。 「昨日もそう言っていた気がしたが………君はいつ寝ている?」 「いつって言われても合間合間にとしか答えられないけど、人間よりは寝なくても生きていられるし多少は大丈夫だよ。ずっと寝てないわけではないからサ」  大胆にも肌着すら身に着けず大きく前を開けて、腰にも布を巻いただけの格好で立っている。公式の場では流石に服を着るのだが私には警戒心がないらしい。 「下着くらい履いたらどうだ?」  別に服を着ていようが着ていまいが私は気にしないのだがそれ以上に気になるのは匂いだ。ヴァンパイアだからなのか何なのか鼻がいいというのも困りものだ。意識しなくてもソレの匂いだと分かってしまうのだからため息が出る。 「あーごめんねぇ。激しかったから匂いもすごいよね…」  服を着ただけで隠せるレベルの匂いなのかは分からないがそれでも少しくらいは改善してほしい。そう………。こう、せめて風呂に入ってくるとか………。 「………。今更君のその性格に文句を言うつもりはないが、少しだけ配慮してもらえると助かる」 「はいはーい。次は気を付けるからサ。怒らないで?」  目元の意図的に入れられた紫色の模様に、赤い紅。上唇に薄く塗られたリップグロスが色気を一層高めている。彼が使う香水は「ツバキ」という花の香なんだという。この辺りには咲いていない花だがとても綺麗な赤い花だそうだ。その香りを漂わせているのは少なくともこの王都で彼だけということもあってかこの香りが横切るとセバスティアーノだとわかる。今日はその香りよりも粘膜の匂いが強いのだが。 「別に怒ってはいない。起き抜けから怒る元気もないしな」  私よりも随分若い上に公の場以外では敬語もろくに使わない。敢えてそれを黙認しているのは過去の「友人」もそうだったからだ。 「魔王様~♡」 「これ、何を色仕掛けしている。存分に遊んできたのだろう?」  細く華奢な指で寝間着の紐をほどく彼にぴしゃりと言い放った。 「ちぇ………。今日の朝ならいいかナ?」 「それまでにしっかりと体を洗っておくんだな」  好きで傍に置いているとはいえ他人の匂いをつけたままの彼と事に至るのは不本意だ。上機嫌にしっぽを揺らす彼だが乗り気でないエストラムが不服らしい。わざとらしく拗ねた顔をして体を離した。 「仕方ないなぁ………今日の予定、執務室に置いてるから忘れないでネ」  はだけた服を直すでもなく肌を露出したまま私室を出ていく。そのうち兵に怒られるだろうが私に実害はないし、王宮の者はもう慣れたことなので刑罰もない。足し去った後の残り香はいい花の匂いなのが憎いところだ。 「…。彼らしいと言えばそれまでだろうが」  異国の言葉を使う彼は世界共通語が少しだけ片言な時もある。片言というよりは方言のような何かなのかもしれないが語尾のイントネーションは特に独特だ。それが心地よい時もある。特に今のような起き抜けの時は彼の声が聴きたくなるものだ。柔らかい彼の声は色っぽいとも思うがそれ以上に優しいきがする。あの見目であの声でテクニックも凄まじく誘い上手なのだから世の女性はイチコロなんだろう。若いうちは遊ばせてくれと彼はよく言うが遊び放題な気もするのだ。 「いつまで待てばいいのやら…」  古い棺桶から身を起こして軽く身支度をする。胸元の宝石は今日も綺麗だ。光にかざすと時々鼓動しているように見えるのは気のせいかもしれない。  今日も頑張るから見ていてくれアーサー。君が思い描いた優しい王になれている自信はないが君に恥じないように精一杯努力しよう。 「行ってきます」  母上、父上、アーサー。一人ずつ顔を思い出して目を閉じてから部屋を出た。家族も家来も友もいなくなってもう何年たったか覚えていないが今はセバスティアーノも優秀な部下もいてくれるから寂しくないんだと胸を張って言えることが今の幸せなのではないだろうか。世継ぎのことだけは気がかりだが…私も若いのだからどうにでもなる…と思いたい。一人で考えたところで答えが出るわけもない。長年使い慣れたコートを羽織って、今日も公務に励むとする。

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