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セバスティアーノの過去 ‐魔王との出会い編‐

 下駄が擦れる音が物寂しい村の外に響いている。カラリコロリと不規則な音と共に彼はやってくる。『椿羽織の鬼族』と呼ばれる彼は毎晩この時間にやってくる。今宵も体を求めているのだろう。 「――さぁ宴を始めようじゃないか!」  彼はあまりにも美しい人だ。目元に紅を塗って、髪を結って椿の簪で留めている。あちらこちらに椿だらけの彼は名乗らない為通称「ツバキさん」だ。  ツバキさんは金さえ渡せば老若男女誰でも一夜を共にしてくれる。酒をあげればとても喜んで、食べ物もなんでも召し上がる。廃れた集落の癒しの様な不思議なお方。額に生えた角が二本。つまり彼は人ではないということだ。しかし国から追い出された集落のものはそんなこと少しも気にしていなかった。誰にでも歓迎され誰からも求められる、ツバキさんはそんな人だった。  椿は各地で縁起の良さが違う花。私が生まれた地方ではとても縁起の悪い花。縁起のいい地方もあると聞いたのは私が大人になってからだ。場所によって縁起の良さが違うなんてとても面白い。だからずっと椿が好きだ。変わった人と言われるかもしれないがそれはそれ。  だって俺はいつだって変わりものじゃないか!そうだろう?こういうのをこっちでは道化師って言うんだろう?違ったら申し訳ないけどね!  楽しい楽しい夜の宴を待ちわびて足早に村へ歩いてきた彼は、ふと違和感を覚えた。見覚えのない服装のものが徘徊している。見たこともない美しい装飾の服を着た人たち。いや、あれは魔族だろうか? 「ほぉ?今日は変わった人がいるじゃないか?」  奥に見える煌びやかな馬車。そこに立っているひときわ美しい青年。あまりの美しさに眩暈がしそうなほどだ。見るに特徴的な紋様は王族か何かだろう。こんな辺鄙な場所でいったい何をしようというのか。  好奇心が膨れ上がってずんずん進んで歩いていく。彼はきっと面白い経験をくれるだろう、そんな期待が心を埋め尽くす。 「随分と影のある美男子じゃないか?」  青年に声をかければ驚いたように目を丸くした。まじまじと眺められると気恥ずかしい。こんな美人に見つめられるのは久しぶりだから少し興奮してしまうよ。 「魔族がどうしてこんな場所にいる?」 「それはこっちのセリフじゃないか。こんな辺鄙なところに貴族サマがいるんだい?」  品のある魔族で毛並みも綺麗だ。爽やかな匂いがする。 「特に用があったわけではない。強いて言うなら墓参りと言ったところだ」  どこか儚げな雰囲気のある彼は昔人間の友人がいたのだと言う。その墓参りに来たのだが、人間の周期を忘れており夜に来てしまって騒ぎになってしまったと説明した。そのことを聞いた「ツバキさん」は各地を回って説明する。ツバキさんの言葉なら村の皆はすんなりと聞き入れてくれた。騒ぎは落ち着き、慌てていた村民も静かになった。 「貴公はこの村の者にかなり好かれているようだが一体………」 「俺かい?町の皆にはツバキさんって呼ばれているそれでいいんじゃないかナ?」  ひらりと袖を揺らせば香油の香。布で隠れた肌をちらりと見せるのは色男の十八番だった。和の着物を着ているのは彼だけであったことも幸いしてこの手はよく効く。ニヤリと笑って彼を見上げてみたが彼は一層眉を顰めるだけで微動だにしなかった。 「では『ツバキ』殿、この辺りに「アーサー」の墓地があったと思うのだが知らないか?」  その青年は親友の墓を二カ所に建てたということを語ってくれた。息を引き取った魔王城の中庭と、彼が生まれ育った村の外れにそれを建てたらしい。その墓は彼が生前愛用していた剣を象った十字架であったとのことだ。 「悪いけれど俺は聞いたことないねぇ。何十年かここに入り浸っているけど見かけたことも聞いたこともない」  申し訳なさそうに鬼の子が言うと魔族の青年は寂しそうに言った。 「そうか………もう、200年経つからな」 「はぁ!?200年?そんなに経ってたら無くなってるかもしれないよ!?」  魔族だからと言って百年単位で懐かしまれても………。人間の時間は短いのだからもう少し考えた方がいいということを伝え、鬼の子はくるりと後ろを向く。 「今俺は「墓」があったかどうかは分からないと言ったけれどもしかしたらそんなに古いモノなら伝承か何かになってるかもしれない。この村随一のものしりさんに聞いてくるよ」  俺も魔族の生まれだけど数百年単位で行動することは無い。そんなに昔のことなら忘れていてもいいものを。  村のものしり王と呼ばれるおじいさんに声をかけるといつものように酒を飲んでいる所だった。絡み酒に苦笑いしながら状況を説明すると詳しいことは分からないが洞窟の奥でそんなようなものを見たという。もしかしたらそれかもしれないよと教えてくれた。これなら話は早いと元の場所に帰ると夜更かしな子供と戯れる魔族の青年がいた。 「ツバキおにーちゃんと一緒でツノ生えてるんだな!」 「ああ、一族の誇りだよ」 「一族ってどんなの?」 「そうだな………ヴァンパイア、吸血鬼なんて呼ばれる種族だ」 「ぐぇ、血すぅのかよ~にいちゃんこえーなぁ………」 「はは、私にとって怖いのは人間だよ」 「へぇ意外だねぇ………。子守もできるのかい?貴族なのに」  遠目からしばらく眺めた後声をかけた。魔族の青年はどうやら指遊びを教えていたようだ。貴族とは思えない柔軟性に感心し、同時に疑問を抱いた。彼は一体何者なのか?その疑問は案外早く解決することになったのだがそれはまた別の話。 「まだ我が子を持ったことはないが一応な」 「育児が出来る男はモテるからね~いいことだよ」  茶化しながらも話を戻して聞いてきたことを伝えた。ありがとうとほほ笑む彼はその場所に向かおうとしていたが彼の言動は走ってきた騎士によって阻まれた。 「魔王様、失礼ですがもうそろそろルートに戻りませんと明日までに王都に戻れませんが………」 「悪いな、私はあとで戻るから皆は先に………」 「それはできません魔王様。貴方様が我儘を言うのは百も承知ですが貴方を護衛するのが我々騎士の定めですので」  へぇ、彼が魔王なのか。随分若く見えるがそれなりに経験者ってことなのだろうか?まぁ魔族の中でも落ちぶれて王都にも入ったことのない男には無縁の話だった。 「いいのかい?君の護衛ちゃん戻って行っちゃったけど?」 「いいのだ。私が勝手をするのは皆分かっている」  しっかりした王というよりは自由奔放な王といった印象か。俺の予想だと仕事はきっちりするけれど私用になると無茶ぶりだらけの上司って感じじゃないだろうか?ますます興味がわいてきた。いったいどんな味がするんだろうなぁ。 「信頼されてはいるみたいだね。で、さぁ気になるなぁ君のコト。おいくらかな?」  いつもなら自分が金を払ってもらうのが道理だが相手は魔族を統べる王、いくら積めばいいのか見当もつかない。 「どういうことだ?」 「一晩の値段だよ。俺は身売り業だからねそういうのが気になるだけサ。あわよくば事に及びたいけド?」  あまりにも無礼な提案だということは分かっているものの、元より放浪者であある自分にはどうでもいい。罰せられたのなら運が悪かったというだけで。 「ふむ………。なるほど。きみはそういう風に生きてきたのか。金に困っているのか?」  意外なことに怒らず、反論もなしに受け入れる魔王に拍子抜けした。柔軟性があるともいえるのだが、ここまで腑抜けているとは気に入った。いや、あえてかもしれない。 「困っているというよりはこう生きるしか生き方を知らないということかな?」 「この独特な匂い、きっとインキュバスだろう。私にとっても好都合なのだが………。夜伽がしたいというなら王都に来るか?」  好都合?何かを企んでいるのだろうか?王都に行けば確かに金には困らなそうだが、果たして。 「君が何を考えているのかは分からないけれど今俺が自力で稼いでいる収入よりも多くくれるというなら行ってもいいよ。こっちに特に思い入れがあるわけでもないしね」 「では、私の世話係なんてどうだろう?それ相応の金額は支給されると思うが?」  何も知らないはぐれ魔族にこんな好待遇を提案するなんて怪しすぎる。インキュバスは近年減少傾向にあるとは聞いたけれどそうだとしても妙だ。王都中で探せば数人くらいは出てきそうなものを。 「わるくないけどねぇ何を考えているんだい?俺をどうする気かな?」 「疑うのは当然だろうな。ただ嫌だと言うなら今日は帰らせてもらう。洞窟探検は楽しそうだったのだが、部下が乗り気ではなさそうなのでな」  なんだか引っかかる。その引っ掛かりが何かは分からないが彼は俺に何かを求めているということか?そうだとしたらいったい何なのだろうか。  抑えきれない好奇心のせいで選択肢は選べなくなっていた。駄目だ。行きたくて仕方がない。もし自分に合わなければ帰ってこればいいのだ。そうしよう。欲望のままに。 「まぁ、一回限りでもいいって言うなら行ってみようかな?そこで考えてから答えを出すよ」  そうか、とつぶやいた魔王が馬車に向かって歩き出す。何かを呟く騎士を押しのけ「ツバキ」を乗せて王都へとむかわせた。初めて行く王都がこんな豪勢な旅で訪れることになろうとは思いもしなかったが、これも人生だと思った。この先に何があるのか、彼が何を求めているのか、答えはそこにしかないのだろう。  さぁて、今日は素敵な宴になりそうだ。

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