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第23話

「陛下、この度は申し訳ありませんでした」 「ゼクスが謝ることじゃない。むしろ、最後まで必死に戦ったテアや、延焼を食い止めた使用人たちを、たくさん褒めてやらなければな。特に、幻獣と通ずるテアの力がなければ、俺もあの場で死んでいただろう。……お前も、道連れになるところだったな」  火事の日の翌日からは、城の客間で寝起きをすることになったが、王の私室でイグナハートと相対するのは久しぶりだ。イグナハートと同じく、背の中ほどまで伸ばしていたゼクスの髪は、驚くほど短くなっている。炎に巻かれた際に焦げてしまったところもあり、大幅に切ることになったのだ。その顔や腕にも、大きな布があてられている。痕が残るかもしれない、と先ほど医師から言われきた。イグナハートに話しかける声も、いつもの張りのある声ではなく、煙でやられた影響でまだ少し枯れている。 「ファベル王の『影』になれなければ、死ぬしかありません。けれど、私は……テアを、死なせたくなかった」  床に片膝をつき、頭を下げた弟を、イグナハートが凝視している――そんな視線を感じた。項垂れているゼクスとは正反対に、イグナハートはゼクスの謝罪を聞いても、咎める言葉も何も発しない。さすがに様子がおかしいと気づき、ゼクスがイグナハートを見上げると、イグナハートは作ったような真面目な表情をしていた。 「確かに、現王と瓜二つなのに『影』にすら、なれないとなると……後々面倒なことになるかもしれない。俺がお前に『死ね』と命じたら、ゼクスは、従うか?」 「……それが、陛下の命令であれば。ただ、最後にテアと過ごす時間を頂けないでしょうか。二人で旅をしようと、約束したばかりなので」  分かったとイグナハートが頷いたところで、扉をノックする音が聞こえた。 「ああ、丁度良かった。ゼクス、モンフォワ公に挨拶を」 「……モンフォワ公?! 兄上、なにを考えているのですか!!」  いくら髪を短く切り、顔に布をあてているといっても、顔立ちがそっくりなのは隠しようがない。慌てて隠れようとしたゼクスの腕をがっちりと掴んだイグナハートの前に、悄然とした様子のモンフォワ公が現れ、ゼクスを見て驚愕するのが分かった。 「モンフォワ公。『不幸な事故』で子息を二人も失ってしまったところに、申し訳ないが……ここにいるのは、今まで病のためにずっと療養していた、弟のゼクスだ」 「ゼクス殿下……? 陛下と瓜二つだが……初めてお会いします、モンフォワと申します。それより陛下、今なんと? 我が子のしでかしたことは、到底『不幸な事故』で収まることでは……!」  まずは、二人とも腰かけて、とイグナハート自ら椅子を勧める。モンフォワ公は驚いた様子でちらちらとゼクスとイグナハートとを見てくる。そもそも、現王に双子の弟がいることは、城の一部の人間しか知らないことだ。大貴族で、王族とつながりをもつモンフォワ公にすら隠していたことを、どうして今さら、とゼクスは兄を責めたい気持ちだった。  万が一、ここから広まっていけば、たとえ顔をいじり、髪を元のように戻したとしても――『影』には、本当にもう二度と戻れなくなる。ゼクスの存在する意味が――消失する。 「パルミロがしてきたとされる幻獣の取引は、実際のところはブローカーたちが動いている。つまり、パルミロの罪とするには難しいということだ。……で、パルミロが起こした火事で焼けたのは、弟のゼクスが療養していた屋敷でね。周囲がうるさいから今まで郊外に暮らしていたのに、焼き出されてしまったというわけだ」 「火を……?! ゼクス殿下、不肖の息子が本当に申し訳なく……! しかも、住まいまで奪ってしまったとは……!!」  椅子から立ち上がったかと思うと、モンフォワ公は床へと両膝をついてゼクスに向かって額づいた。自分の父と同じくらいの年代の男に額づかれるのは、ファベル王として幾らでも経験してきたことだが、相手がモンフォワ公となると心持ちが変わる。さすがに困り果てて何を考えているか分からない兄へと視線を向けると、イグナハートはモンフォワ公に手を差し伸べ、助け起こした。 「その辺りを公にすれば、今まで静かに暮らしていた弟のこともすべて詳(つまび)らかにしなくてはならない。だが、それは避けたいんだ。そこで、モンフォワ公にお助け頂けないかと。弟に、静かに加療を受けられる場所を与えてやりたいと考えているのだが」 「はっ、モンフォワめにできる限りのことは、もちろん何でもさせて頂きます。しかし、本当に……パルミロは、いったいどれほどの罪を犯したのか……」  貿易の才はあまりないと言われながらも、長子のパルミロは穏やかな人柄で、父親であるモンフォワ公からも可愛がられていた。ゼクスもパルミロが壊れていく様を間近で見ていなければ、いまだに信じられなかっただろう。 「モンフォワ公。このゼクスのことも、息子と思い接して頂けると嬉しい。これからも、モンフォワ家は我がファベル国に必要な要。今回のことで繋がりを失いたくない」 「……陛下……本当に、もったいないお言葉を……。ゼクス殿下、この不肖モンフォワ、精神誠意をもってお迎えします」  ありがとう、とゼクスも枯れた声で返す。イグナハートの主導で、モンフォワ家の領地に住む話があっさりと決まってしまった。  やがて今後の段取りを相談しあってからモンフォワ公が退出し、茫然としたままゼクスは自分と同じ姿を持っていた兄を見やった。 「ここまで外堀を埋めてしまえば大丈夫かな。……ゼクス。今日限りで、俺の『影』を演じる役目は終わりだ。俺は、『影』を必要としないし、これからのファベル王家にも『影』は不要。命を狙われないように、善政目指して精々頑張るさ。お前は、ゼクスとしてこれからを好きに生きていけ。お前の、大事な伴侶と」 「私が、私として、ですか……?」  そう、とイグナハートが力強く頷いた。 「それが、ファベル王としての命令だ……と格好良く言いたいところだけど、兄として、初めての誕生日祝いのつもりでもあるんだ。これからも、毎年贈り物をしなければな。……ただ、これからも俺に、ファベルの王族として力を貸してほしい。俺一人では、すべては背負いきれないよ。お前は『影』といいつつ、ファベル王の半身だったんだ。お前自身も、確かに王だった」 「半身とは……畏れ多い。勿論、これからも幾らだって私が持てる全てで、兄上の力になります」  良かった、と満面の笑みを浮かべたイグナハートに「早く伴侶のところに行ってやれ」と部屋を追い出され、ゼクスはテアが待っている庭園へと足を運んだ。これからお前は自由だと言われても、唐突過ぎて、聡明なゼクスでもまだ思考が追いついて来ない。  庭園にたどり着くと、庭師がすぐに気づいて近づいてきた。もう、顔も、髪の色も――声も、何もかも隠す必要がないというのは、不思議な気分だった。今日も庭師の子どもたちが来ていたが、ゼクスの姿を見かけると驚いた顔をする。王に似ているけれど、こんな男は知らないというところだろう。  そんな子供たちの様子に微笑を浮かべてから、テアの姿を探す。程なくして、庭師たちが用意してくれた椅子にもたれかかっているのが見えた。 (まさか、具合が……?)  テアは火事の時に再び足を痛めてしまった上に、色々と無理をしたのが祟って昨日まで微熱が続いていた。イグナハートたちの話も合わせると、パルミロはファベル王――イグナハートの命を狙っていたらしい。そして、自身が王族に連なる者の証として、アストレアのテアを欲しがったのだと結論付けることになった。アベラートが、生死すら不明なパルミロを連れてどこに行ったのかは、ゼクスやイグナハートたちが探しても、いまだに消息は掴めていない。  本来であれば大逆の罪でモンフォワ家は取り潰しになってもおかしくないのだが、イグナハートは、王の力で醜聞をねじ伏せた。 「テアね、今寝たばかりだから、寝かせてあげて。怖い夢見たから、あまり眠れなかったんだって」  恐る恐る、庭師の子どもの一人がゼクスに話しかけてきた。こら、と庭師が慌てて子どもの口を塞いだが、気にしなくていいとジェスチャーをしてテアの傍らに膝をつく。 (――テア。お前と、表の世界で……生きていける)  気持ちよさそうに眠っているテアの髪をすいてやると、くすぐったがる気配がした。耐えられずにそのうなじへと口づけを落とす。テアの細い首に似合う、首飾りを考えなければ――。そんなことを考えてしまう自分の能天気さに、ゼクスは苦笑してしまう。     「……ゼクス? おかえり」  ふわ、とあくびをしながらテアが目を覚ましたところで、「あーっ、起こしちゃったーーー!!」と庭師の子どもたちが大声を上げた。庭師が子どもたちを両脇に抱え、その場を退散していく。大声に驚いたのか、きょとんとしているテアの頬に触れると、小さく笑ってゼクスの手のひらに頬をすり寄せてきた。 「テア。部屋に戻ったら、聞いてほしいことがある」 「……ゼクス、嬉しいことあった……ですか?」  ゼクスが頷き返すと、テアがそわそわとし出した。早く聞きたいといったところだろう。 「じゃあ、先に一つだけ。テア、……私の、終生の伴侶に、なってほしい」  「はんりょ?」  番いという意味だ、と教えると、途端にテアの顔が真っ赤になった。大きな青の瞳がまん丸くなる。驚きで立ち上がりかけたテアを強引に抱き寄せ、誓いを込めて深く口づけているうちに、バランスを崩して二人で草花の上へと倒れこんだ。 「ゼクス、他にも、嬉しいことある……ですか? もう、俺……どうしよう……」 「他にもある。私もまだ、頭が混乱しているが」  ええ?! とテアが声を出した。両手で顔を覆い隠している。手の甲にも口づけると、ようやく目だけが現れた。 「……嬉しすぎて、心臓がもたないかも……」 「それは、良い答えをもらえたと思っていいのか?」  ゼクスが微笑みながら問うと、テアは顔を赤くしたまま上体を起こして座り込み、やがてごそごそと自分の服の中に手を入れた。その覚えのある動きにゼクスも急いで身体を起こしたが、時は既に遅く、現れたテアの指には黒い羽根があった。 「テア、無理をするなと……!」 「アストレアが、一枚目の羽根を贈った相手に、二枚目を贈るのは……あなたは私の番いって意味で……だから」  漆黒の、美しい羽根。それを受け取りながら、気恥ずかしそうにしているテアと口づけを交わす。その髪に花びらがついたのを取り払いながら、額にも口づけを落とすと、テアもゼクスの頬に手を差し伸ばしてきた。 「俺と一緒に、生きてくれる……ですか?」 「ああ、ずっと一緒だ」  泣き笑いしているテアの眦にも口づけたところで、テアもゼクスの眦に口づけてくる。そこでようやく、自分の目に涙が浮かんでいたことに、ゼクスは気づいた。  人は、嬉しい時に涙を零すことを、ゼクスは今日――初めて、知るのだった。 Fin.

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