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第22話

「テア様、ご無事で……!」  駆け付けてきたコレットとリュエットに抱きしめられ、テアが私邸の使用人たちに囲まれていく。ゼクスは侍女たちにテアを屋根のある場所に移すよう告げて、屋敷の確認を行う。かろうじて中央部分は残っているが、西側と東側は損傷が激しく、焦げた臭いが充満していて人が住める状態ではない。ゼクスが私邸として住んでいたこの屋敷は、元々年老いた貴族が自分の別荘として建築したものだ。ゼクスが入る時に改装はなされたものの、建物自体は古いため、また住めるようにするには時間がかかるだろう。 「帰れるところのある者は、ひとまずそちらへ……ない者は宿屋の手配が必要だな」  ルアフや使用人たちに相談しながら、今後のことを考える。再建するにしても、その間をどうするかは素直にイグナハートに援助を求めた方が良いかもしれない。ゼクス自身はどこでも眠れるが、先ほど侍女たちに助けられながらゆっくりと動いたテアはそうもいかないだろう。ゼクスやテアのことが露見するのを避けようとすると、その辺りの宿屋では難しいし、侍女たちをつけるにしても当分は医師がすぐ呼べる場所が好ましい。テアはせめて城で預かってもらう方がいいだろうかと考えていると、テアについているはずの侍女の一人、コレットが走り寄ってくるのが見えた。 「ご主人様。狭いですけれども、私の実家にぜひいらっしゃってください。古い家ですが、部屋はございます。テア様とぜひ一緒にお越し下さいませ」 「コレットの実家は遠いだろう。殿下とテア殿は我が家に来れば宜しいのです。我が家も狭いが、いくらでもいて頂いて構いませんぞ! 他の者たちは、屋敷が再建されるまで適当なところにいれば良い」  決意した表情で、ゼクスに話しかけてきたコレットに、ルアフも即座に自分の家を勧めてくる。近くにいたゼクスの他の配下や実家のある使用人たちも、「ぜひテア様と一緒に」と続々声をかけてきた。  こんな時でも明るく頼もしい面々に囲まれて、ゼクスは煤がついたままの顔のまま微笑し、頷き返した。結局、一晩だけルアフの家に邪魔することにし、翌日以降のことはイグナハートと相談することを決めてテアを移したという物置小屋に向かうと、入り口ではらはらとした表情で立っているリュエットがいた。年配の侍女はゼクスが近づいてきたのを見て、安堵の表情を浮かべ、頭を下げた。  小屋の入口には扉がついていない。厩舎などに使う藁草が大量に積まれていて、その一か所にぽつんとテアが座っていた。 「テア。寒くはないか?」  日中は暖かいが、夜は少しずつ冷たい風が吹く季節だ。寝衣のままのテアに気づかないとは、侍女たちもかなり動揺していたのだろう。焦げた匂いが染みついているかもしれないが、外套をテアの肩にかける。意識が戻って、燃えた屋敷を見て――テアが落ち込んでいるのは、手に取るように分かった。 「アベラートがマーギア族だったとは、気づかなかったな。テアは気づいていたか?」 「ううん。分からなかった……です」  しょんぼりとしているテアは、本当に小さく見える。頭を撫でると、ますますテアが俯き、それから「ごめんなさい」と呟いた。 「テアが謝ることは、何一つない。テアがいなかったら、陛下も誰も助からなかったかもしれないんだぞ」 「でも……俺がいなければ、良かったんだ。ゼクスや、みんなの大事な場所だったのに……」  その言葉を聞いた瞬間に、ゼクスはテアの腕を強く掴んでいた。俯いていたテアが、涙が滲み始めていた目を大きく開いている。ゼクス自身も力を込めていた己に気づいて、急いで力は緩めた。 「いなければ良かったなどと……! そんな、テア自身を傷つけるようなことを言ってはいけない」 「でも……俺、だめなアストレアなんだ。一人だけ、真っ黒で……アストレアの黒は、不吉だって小さい頃――まだ、アストレアの中にいた頃にずっと言われていたんだ。……ごめんなさい、黙っていて。俺のせいなんだ。俺の羽根、幸運どころか、ゼクスやイグナや……みんなが……!」  テアが涙を堪えて吐露する。しかし、それに同情したり可哀そうだと思うよりも先に、ゼクスはつい笑い声を零してしまった。   「……俺、なにか面白いこと言った?」 「いや……私も、生まれた時から不吉だと言われ続けてきたからな。私のような『影』に出会って、テアは可哀そうだと思っていた時期もあったが……変なところで、お揃いだったな」  おそろい? とテアがおうむ返しにする。 「テアがいなければ、私はあの晩餐会の日にとっくに死んでいただろう。私の心も、運命も、変え続けているのは、テアだ。私にだけは、その黒い羽根が幸運になると言ったら……アストレアの神に『傲慢だ』と叱られるだろうか」 「……ぜ、ゼクス……そのセリフ、ちょっと恥ずかしい」  とうとう、泣くよりも先に恥ずかしさで身悶えし始めたテアを、ゼクスは笑いながら抱き込んだ。テアが自分の過去のことを自ら話すのを聞いたのは、これが初めてかもしれない。この少しの会話だけでも、決して幸福で満ち溢れた過去ではなかったのかもしれないが、テアが話しても良いと思えるくらいには信頼されているのかと思うと、不謹慎かもしれないが嬉しいと感じてしまった。 「まずは、顔や髪が元通りになるまで、『影』として役に立たない。その間だけ、どこか遠くに行くのもいいな。テアが一緒なら楽しそうだ」 「……俺も、一緒に行っていいのか? あまり歩けなくて、邪魔にならないかな?」  そう言いながらも、ゼクスを見上げてくる眼差しが期待に満ちたものへと変わっている。その額に口づけて、ゼクスはもう一度笑った。

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