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第3話 絶望と屈辱

 牢屋に繋がれてから数日が経ち、アランは自分の力の無さにただ心の中で嘆いた。王子という肩書は何の意味もなく、また誰も助けようとはしてくれない。  考えれば、第一継承者で他に世継ぎがいないだけであった。実母は早くに他界し、継母からすれば自分の息子が王子になる訳でもない。1番に頼れて信頼できる執事は、久しぶりの暫くの休暇を与えて祖父のいる町に帰っている所だ。  軍の兵達も宰相ガブリエルの指揮に従っている。  そう荒みきった心に落ちていく中、牢屋の扉の外から兵士の声が掛かった。 「アラン様、出て下さい。ガブリエル様の所までご案内します」  一体今更なの用なのか……。もはや生気さえ失った心では、心の中に希望も見出せなかった。  兵に連れられて、宰相ガブリエルのいる部屋に案内される。中には、広い部屋の中央に机があり椅子に踏ん反って座っているガブリエルの姿があった。  兵にガブリエルの向かいに行く様に促され、ガブリエルにアランは向かい合う形で立った。案内した兵は部屋から下がり、周囲を一瞥すると2人ほどガブリエルの側近らしい兵が部屋の隅に居る。 「……今更何の用だ」 アランは訝しげにガブリエルをみると、ガブリエルはにっこりと気持ち悪いくらいに愛想よく笑みを浮かべた。 「何、そんな身構えないで下さい。私はただお互いに実益のあるいい話をしようと思ってるだけですよ」 アランはガブリエルの口ぶりに違和感を覚えた。今更罪を被った王子に何を要求するというのか…。 「……私には利害があるとは思えないが」  ガブリエルは、口元を弧にした。 「何、簡単な話です。このまま王が亡くなり、王子が罪人のまま国民の民衆に伝えては、国土に同様と不安が起きます。国の安寧が崩れるかもしれません。そこで、私は考えました」 「何を……?」 「今回の罪は、水に流しましょう?……その代わりに政治の全権を私に委ねて頂きたい」  アランは一瞬固まった。 そのガブリエルの提案で全てを理解したからだ。証拠はない。しかし、その言葉が全てを物がっていた。  この国は、王家の血筋で成り立つ国だ。この男が突然国王などになったとしても、暴動や内乱が起きる可能性がある。であれば、自分の都合の良い王を据えればいい……そうして政治を自分だけのものにして、甘い蜜を吸おうとしている訳だ。 つまり、ガブリエルはアデルに… 「……ただのお飾りとして傀儡になれと?」 そう言葉にした途端に、ガブリエルの表情が変わった。 権力と欲望に呑まれた宰相は、見るに耐えない卑しい笑みを浮かべる。 「罪人として汚名のまま死ぬのか、それとも今までの暮らしを保証されるお飾り……どちらが良いかなど子どもでも分かるではないか?」  ガブリエルのその言葉でアランは確信した。王を殺した…もしくは暗躍したのはこいつだと。  肩を震わせながら、怒りと同時に笑いがこみ上げ、あはははっ!と最後には心底おかしそうにアランは笑う。  そんな奇妙な様子にガブリエルは、ついに頭がおかしくなったかと奇異の目で見てきた。 アランは笑うのをやめると、さらりとしたブロンド髪の間からその大きい碧眼の瞳でガブリエルに睨みつけた。 「ふざけるなっっ!私は王の子だぞ。そんな傀儡にされる屈辱を味わうくらいなら、死を選んでやる!」  吐き捨てるように言うと、ガブリエルは呆れたようにため息をついた。 「馬鹿な王子だ……どうやら自分の立場を理解していないらしい」  ガブリエルは、自分の指をぱちんと鳴らす。それに合わせて端にいたガブリエルの側近の兵達がアラン方へ近づくと、後ろから頭を掴まれその場に地べたへと顔を押しつけられた。  突然顔を床に押し付けられ、衝撃の痛みに低い声でアランは唸った。暴れないように腕を後ろに手で拘束されたが、アランはガブリエルを下から睨みつける。 「お前達、この阿呆な王子を躾けてやれ。ただ傷物にだけするなよ?」  まるで虫でも見るかのようにガブリエルは蔑んでは、その場から立つ去った。 「っ……はなせっ!!」  振り払おうとするが、流石に相手は兵だ。アランの力ではまるっきり及ばない。  暴れようとするアランに、頭を押さえてた兵士の1人はアランの髪を乱暴に引っ張り上げて顔を向けさせた。 「王子さま?……早い所言う事を聞いた方が賢明だぜ?」  ぎゃははっと下品な笑い方をするの同時に、顔をじとりと吟味する様に見られアランはゾッと背中に悪寒を走らせた。 「傷物にするなと言われたからな……さて、いつまで首を横に振ってられるか見もの……だな!」  兵の男はそう言葉にすると、アランの着ていた服を力任せに破いた。 そこからは、本当に絶望だった。 そうだ、思い出したくない。 あんな事は…….屈辱的な事は……。 ※ 「……ラン………アラン!!」  アランは、呼び声でハッと我に帰った。  視界には外に出ていたはずのダニスが映る。身体中は汗でべっとりしていて、寒くもないのに震え上がっていた。閉じていた口は奥歯を噛みしめれないのか、歯同士が小刻みに当たりガチガチと鳴っている。  明らかに様子のおかしいアランに、ダニスはそっと手を額に当てようとした瞬間、アランはその手が別の何かに見え凄い勢いで振り払った。無意識にした行動にアランはハッとなって自分の手を見る。 「ごめ……」  何かに怯えきったアランの様子に、ダニスの冷静沈着なイメージにしては意外にも少し驚いた顔をしていた。 アランは、ダニスから背を向けて寝たまま体を横にする。 「ちが……っ……ごめん……」  体を震わしたまま、アランは自分自身を強く抱きしめるように両腕を抱えて身を縮こませる。 沈黙の後に、ダニスの手がアランの頭をくしゃりと一度撫でては、背後から気配が遠のくの感じて少しホッとした。  

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