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第6話 懐かしい想い出
無実の罪で追われるようになった日から。
……正確には、父の王が誰かに暗殺された日から、アランはまともに寝た記憶は無かった。落ち着いて寝る日がいつ来るかなんて分からずに、このまま城に居ては王が愛したこの国は別の姿になり、あの男に何も報いぬまま思い通りになるのだと思ったらただ逃げるしかなかった。
誰が味方で誰が敵なのかも分からない現状で、アランにできたのはそれくらいでしかない。少なくともあのガブリエルの傀儡になって、思いのまま政治を動かされるという点に置いては回避できるのだから、その選択しかなかった。
その間、息つく暇さえあるはずもなく必死に逃げ迷っていたら、どこかの路地にたどり着ついて気絶するように倒れた。
まだ何も解決はしてない、でも誰かを頼りに眠りにつけたのが、久しぶりな気がした。
微かに香るラベンダーの香り……
懐かしい……
懐かしい?
ああ……そうだ。あれはー………
※
城の敷地内にある庭園、空に雲が見えないくらい青が空一面に広がって晴れていて、日入りも気温も風も気持ちいいそんな日だった。
そんな日だと言うのに、幼いアランは庭園の草木に隠れて座り込み、膝を抱えて顔を俯いていた。
第一継承者になる王子として幼少の頃から教育が厳しく、それに嫌気がさしては庭園に逃げ込んで隠れていた。
母は、早くに病気で亡くなり、継母は自分の子が産まれない事に、アランに厳しく当たった。
そんな幼少時代に、心を明るくしてくれた存在が父の他にもう1人いたのだ。
アランは、草木に隠れて渦かまっているとガサガサと草木を掻き分ける音が聞こえて、見つかるのかと体が震えた。
「そこに居るんだろ?早く出てこないとまた怒られるよ」
その声は、今必死に王子を探してる侍女や執事ではない。聞き覚えのある少年の声を聞いてアランは顔を上げた。
タイミングよく見つけたのか、掻き分けた草木の間から自分よりそこそこ年上の少年と目が合った。
この国では珍しい、黒髪に黒い瞳で長い髪を後ろに一つに括っている。その少年はにっこりと笑みを浮かべては、拳を使って上から下へと軽く振り下ろしてアランの頭を軽く叩いた。
「いたっっ!!!」
アランは、直様軽く叩かれた頭を手で抑える。
黒髪の少年はため息をついた。
「こら、侍女や執事を困らせたらダメだろ」
「だってー」
むすりと顔を膨らませては、アランは機嫌を損ねる。
仕方がないと軽く息を吐いて、くしゃりと少年はアランの頭を撫でると、優し気に微笑んだ。
「じゃあ、今日ちゃんと侍女や執事達の言うことを聞いて全部おわったら、後で好きな遊びに付き合ってやるから」
それを聞いたアランは、さっきまで拗ねていた顔をパッと明るくした。
「本当に!?」
キラキラした目でアランは少年を見ると、頷いて微笑み返した。
アランは、直ぐに立ち上がると、約束だからねっと少年を背に今も探し回ってるだろう侍女や執事達のもとへ走っていった。
日々勉学などに忙しくて、王子である事から同い年にこうやって接してくれる友人はアランには居なかった。立場から、さっきの叩かれた行動さえ、今この場に侍女や執事がいたら大騒ぎになる。
同じ立場の様に接してくれる人は、ほぼ居ないアランにとって少年の存在は嬉しかった。撫でてくれる手も好きだった。
そういえば、その少年もラベンダーの香りを纏っていたような気がする。
※
「アラン……アラン!!起きろ!!」
体を大きく揺さぶれて、目を擦りながらアランは目を開けた。視界がまだはっきりしないのか、黒髪のした男が呼びかけている。
一瞬夢に見た久しぶりの彼とその髪の色が重なった。
「……レニウス?」
「っ…!?……寝ぼけてる場合じゃない、直ぐに出るぞ」
重なって見えた姿がダニスだと気づいて、そこでやっと玄関の扉から派手なノック音が聞こえた。
「国兵だ!今すぐに出てこい!!」
兵士の荒げた声にアランは飛び起きた。ダニスを見ると既に用意ができているのか、コートを着ていた。
なんで兵が戻ってきたんだ?私がここに居るのがバレたのか?とアランは焦る。
そんな様子に、急かす様にダニスが服と兵が一度来た時に被ったブラウンのウィッグを投げられる。
「早く着替えろ、直ぐに出るぞ」
慌てて渡された服に手を通す。下町で見かける少年様な質素な服装だった。ウィッグを被って長めなので髪留めで髪を後ろに流すと下の方で緩く括る。
でも、ダニスは直ぐに出るとは言ったが、今玄関の外には兵がいる。いくら変装してるとはいえ、顔を見られたら気づかれるかもしれない。
「どうやってここから出るんだ!?」
と疑問をダニスに言う頃には、置いてあった机の位置を動かしていて、何の変哲もない木で作られた床を軽く蹴った。
すると、1人分くらい通れる幅で床の木の部分が浮いて、あろう事かそこから下へ続く階段が出てきた。
所謂、隠し抜け道と言うやつだ。
アランは、突然の事に驚いたが、まさかそんな抜け道を用意しているなんて準備の良い事があるだろうか?ダニスの兵を追い払う手際の良さといい只者ではない……と思ってはいたアランだったが、これはいよいよ本当に普通の民間人ではない。
「何をしている、もう直ぐ扉をこじ開けてくるぞ」
急ぐように言われて、ハッとするようにアランはその抜け道の階段を降りた。
続いてダニスは降りようとする際に、床の位置を元へと戻す。
その数分後、激しいノックが止むと暫くしてから扉が鈍く派手に音をたてて蹴破られた。兵士達は中に入ると、物の抜け殻になった部屋の様子を見て一人の兵士が舌打ちをした。
「逃げられたか……クソ!あの時に気付いていれば……‼︎」
ダニスは兵士の様子を耳をたてて聞きながら、抜け道がある事に気づいてない事を悟ってから、物音を立てずに階段を降りっていった。
ダニスの口角が少しだけ上がるのを、アランは目の端で一瞬だけ捉える。
この人と、幼少の頃のあの少年を寝ぼけていたとはいえ、どうして見間違えたのか……。共通点は髪と瞳くらいで、性格も人柄も違いすぎる。とそんな夢に見た想い出と共に、アランは不思議に思った。
しかし、この人ではなかったら、きっとこうやって逃げる事も出来なかっただろうとそれだけは分かった。
物の抜け殻になった部屋で立ち尽くす兵士が、数名を率いるリーダーに声をかけた。
「どうしますか?」
「一旦戻って隊長に報告するぞ。……ダニス・ハーヴァード……あの若さでこの国の闇社会を統括する黒のファントム。もし関わっているなら、一筋縄ではいくまい。」
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