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第12話 惹かれるところ

 裏社会の一拠点、執務室のような一室にあるソファーに掛けながら、ダニスは全体的な統率をする為、報告を聞いたり指示を出す為に周囲の状況を聞いていた。  時折感じる周りの視線が、何か聞きたい事があるのかそわそわしてる様子に、少し苛立ち覚えダニスは、その部下にチラリと視線を送った。 「なんだ?」  と訝しげに聞けば、1人の部下が少し照れ臭そうに頭を掻いた。 「いや……あの連れてきた少年が、ボスのコレって噂になってるもので、実際どうなんですか?」  部下が小指を立てて見せたのに、ダニスは軽い頭痛を覚えた。  周りもどうやら気になってるらしく、こちらの様子をうかがっていた。心中ではとてもため息を付きたい所だが、昨日アランの様子を見た瞬間にこうなる事は予想が付いていた。  ティムが、やってしまったとふざけ気味に言いながら、その本心はワザとなのも察しいる。中途半端にするなら、ここに置かない方がいいという奴なりの忠告だ。  普段軽口を叩くのは、そうやって人から欺く奴の手段だが、こちらが気を抜いてると不意を突いてくる。本人の性格もあってか半分くらい楽しんでやっているんだろう。  目の前の部下は、ダニスの返答を今かと待っていた。 「手出すなよ。半殺しにされたくないならな」  半分脅しめいて言えば、一部の部下からヒューッと口笛を吹いた。  周りからみればそれは意外だろう、今まで特定の誰かを作らないようにしていたし、その滅多に誰かを連れて来ない人物が連れてきたのが少年なのだから、周りも興味深くなるのも当然と言えば当然かもしれない。 「その話はいい、例の件は何か掴めそうか?」  正直、そんな話題に付き合ってられん。と話を切り替えた。 「各地に当たらせてますが……まだ何も上がってきませんね。……あ、1人、どうしてもダニスさんに会わせて欲しいって奴がいるですが、食い下がらなくて……どうします?」  ほお、とダニスは興味深そうに、頬杖をついた。闇の中心人物にあたる自分に会いたいという人物は結構いるが、このタイミングかと少し気にかかった。 「……そいつの動向を暫く見張っておけ、何か怪しい行動をとった場合は拘束して俺の前に連れてこい。」 「了解です!」  ダニスは、それの他に一同の指示を終えると、ひときわ図体のでかいサングラスを掛けたボーンがコーヒーを入れて来たのを一口飲んで一息付いた。  今から出来る限りの下準備は整うようダニスは計らっていた。後は……アラン王子次第で、本人がどうするか決めない限り、ダニスの立場としては、政治を操ろうとしてる人物がこちら側に手を出して来たときの交渉に使う他無い。 (しかし、もしアランにこの現状を打破したいという意思があるのなら……。)  ダニスは服の下にあるペンダントを布ごしに触れ、目を閉じた。  ダニスは、冷静な表情の中で不適に微かに笑みを浮かべる。それを見たボーンは、一瞬ゾクリと背中に悪寒を感じて掛けているサングラスを指で押さえた。 「……そんな顔初めてみた気がするッス」  部屋の扉から入ってきたティムが愉快そうな顔を浮かべていた。 「……そうか?まぁ嫌いな奴をやっと追い詰められそうだからな」 「ダニスさんに嫌われるとは、そりゃ……そいつも運がない事で」  ティムがその誰かも分からない相手に哀れそうな顔して苦笑した。 「お前も大概度胸があるがな……。そういう所を勝ってるのもあるが、悪戯が過ぎると本気で怒るぞ」  ダニスは、ティムがアランに薬を盛った事を蒸し返してため息をつく。ティムは、ははは、と軽く笑いそんなに気にしてない様子だ。 「えー?ダニスさんも満更じゃないでしょ?その気なかったら、放置するなり、他に任せるなりするじゃないッスか」  ダニスはため息をついてからソファーから立ち上がると、ボーンに親指でティムの方を指した。 「支障がない程度に軽くシメておけ」 「わかりやした」  そう言ってダニスは部屋を出ると、部屋の中から、え?あはは、すいませんてぇええ!!と情けないティムの声とともに、ゴキゴキと関節が外れる音が聞こえた。  諜報活動を担っているからには、ある程度の逃げる力もあるが、力ではボーンには遠く及ばないティムには丁度いい仕置きだった。  ダニスはそのまま涼しい顔をして自分の部屋と足を向けた。  気づけばすっかり夕方になっていた。部屋に戻ると、すかすかとベッドの上で無防備に寝ているアランの姿が目に入り、危機感の無さにダニスは肩をすくめた。  気持ちよさそうに寝ているアランを少し眺めてから、鼻を指で軽く摘んだ。  息苦しくなったのか、顔の整った美少年の顔がくしゃりと残念な感じで不細工な顔をすると、ふがっと唸ってからそのぱっちりとした大きな青い瞳が開いた。 「ふへ?」  ダニスの顔が近くにある事に驚いたのか何度かぱちくりと瞬きをした後、アランは飛び起きた。 「な、何するんだ」  そんな起こされ方なんてした事がないんどろう、どこか恥ずかしそうに鼻をさすってはダニスの方を睨む。 「聞きたい事がある。体の方はどうだ?」  アランは、それなら普通に起こしてくれればと文句を言いながら体を起こした。  どうやら起き上がれるくらいにはなったらしい。 「まだ足はふらつくけど…」  と恥ずかしそう目を反らして頬がほんのり赤くなっていた。まだあどけなさを残して、髪の色と同じブロンドの睫毛で伏せた瞳は、男から見てもゾクリとさせるものを持っている。  ティムの忠告の通り…ほっておけば下手に部下が手を出しかねない……と思いながら、ダニスは部屋にあった木製の椅子をベッドの近くまで持って来てアランと向かい合うように座った。 「なら、そのままでいい。少しは気分も落ち着いただろう?そろそろ何があったか聞かせてもらう。」  アランは、そうだな。と頷くとダニスの向き合って座った。それから、軽く俯いて悲しい顔を浮かべると、1度目を瞑ってからダニスの方に視線を合わせてポツリポツリと一つずつ言葉にして言った。  アランの視点からの現状を概ね聞いたダニスは、顎に手を添えた。 「……そうか、やはり王は殺害されたんだな。」 「やっぱり感づいていたんだな。私は特に話してなかったと思うのに」  アランが、少し驚いた顔をしてはいたが、そこまでではない様子だ。そこはやはり王族として育ったからなのか、彼なりにその場だけで物事を見てない事が分かる。  しかし、その宰相ガブリエルという人物は、不運にもこの王子を安く見ていたようだ。簡単に手名付けられると思っていたのだろう。安易に自らが首謀者である事を気づかせ、しかも城から逃亡された始末だ。  ダニスからしてみれば、権力者で宰相の位置に付いてる人物にしては手温い手段にしか聞こえないかった。  王を無事に殺した事に安堵して手を抜かったのか知らないが、そんな間抜けならやり用はある。 「それで、これからどうするか考えているか?」  アランは、顔を俯かせ両手を握って膝の上に置く。その手は次第に震え、アランの表情は怯えている訳でも泣きそうな顔をしてる訳でもなく、眉間にシワを寄せて内に溜め込んだ怒りを我慢してる様子だった。 「今の私には力はない。まだどうしていけばいいのか分からない……でも、このまま奴の好きにさせる訳にはいかない。アイツが全権を手に入れればこの国はどうなる!?父を死に追いやった事も腹立たしければ、このまま民が困窮する姿を指を咥えて見てるなんて……できない!」  そう強く言い切ったアランの目と言葉は気高さを出していた。その気高さは国を見据えていく人物にしか宿らない、少年と言えどアランは王族である事を思わされる。  ダニスは薄く笑みを浮かべると、くしゃりとアランの頭を撫でた。  アランは驚いたのか、何度か大きく瞬きをしてからダニスを見た。 「悪くない。力が無ければ貸してやる。」  え?とアランが呆然とダニスの方を向いた。 「そのガブリエルという男に少し俺も用があるんでな、鼻を明かすくらいは手伝ってやる」 「いいのか……?」  きょとんとした顔でアランがダニスを見てくるのに、クスと笑う。どうやらまだ言葉を信じられない様子に、ダニスはアランの顎を掴むと自分の方へ引き寄せた。 「不安なら、愛人として振る舞ってみるか?」  ワザと揶揄うように笑みを浮かべれば、たちまちアランの顔は真っ赤になった。そういう所は、まだまだ反応が温室育ちの少年らしい。  これがズル賢い人間なら、その立場を利用してきたっておかしくはないというのに。 「そ、その、愛人ていうのは……やっぱりそうここの人達に思われてるのか…?」  アランが慌てるかと思っていたが、顔は赤いまま視線は他所へ泳がしている。どうやらティムが何か吹き込んだらしい。でなければ、愛人になってる事に気づいてさえいないだろう。余計な事まで言って無ければいいがとティムのあの調子に少し不安になった。  アランの質問に、そうらしいな。と返事をすれば、さらに顔を赤くしてまるでリンゴみたいだと様子を見てると、泳がしてた視線を戻して今度は何か意を決した様子で強い眼差しで返してきた。 「それが……私に出来ることなら」  ダニスは、狐につままれたように驚いた。  少し揶揄うくらいのつもりが、まさか面を食らってしまうとは思っていなかった。 「冗談だ。……薬も入ってないのに無理はするな」  以前、体の状態を見るのに震え上がっていたアランを思い出して、威勢だけいい事にダニスは呆れ気味に返した。  アランは、ムスッとした顔をした。本気に取られてない事に怒ってるんだろう。  そろそろ揶揄うのもやめようと顎を掴んでた手を離して立ち上がろとした時にアランはとぽつりと言葉にした。 「私は、嫌だと思ってる相手にこんな事は言わないぞ」  ダニスは立ち上がろうとした体を動きを止めた。 アランを見れば、まだほんのり頬が赤い。その瞬間体がざわついて、気づけば無意識に自分の方へ引き寄せて口を奪っていた。 「んん!?」  アランは突然の事に驚いて、瞬きをした後に目を瞑った。舌を入れて絡めれば、少し息苦しそうにする、唾液が混じって口を離せば糸がはった。アランの瞳がゆっくりと開くと、余韻で虚になった様子はどこか艶かしい。  まずい。とダニスはアランの頬を軽くつねった。 「……そういう事は、簡単に言わない方がいい」  アランはいてて、と少し痛そうに顔を顰めるのを見てから、ダニスは手を離した。  アランは、分かりやすくムスッとさせた。  ダニスは、部屋にあるソファーに腰掛けてから、置いてあった新聞に目を通し出す。アランが、こちらを見るのやめてベッドに突っ伏すのを視界の端で捉えて、ダニス息を吐いた。  年が離れているのもあるが、子どもと油断してれば、たまに人を惹き付けるものに当てられてしまう。自分で無意識に動いてた事にダニスは少し動揺していた。  自制心が外れかけるのが、10も離れている相手なのだから、自分自身に呆れる。 特にそっちに困ってる訳でもない。  自分らしくないな、と特に頭に入って来ない新聞を机に無造作に置いてから、ソファーに横たわった。  そこで眠ってしまったのが悪かった、とダニスは後で思う事になる。

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