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第13話 寝付き
アランは、ベッドの枕に顔を埋めていた。
先程ダニスに「嫌だと思った相手にそんな事は言わない」と自分で言った言葉は、嘘ではなかった。が、自分で何を言い出しているんだと後から冷静になって恥ずかしい。
しかし、現実問題アランがここで何をできるのかと問われれば現状では何も思いつかない。ダニスの力を借りる代わりに返せるものなんて無いのだから、今私は王子ではないのだから、それくらい……と思って言ったものの。あっさりと揶揄われ返された事に恥ずかしかった。
いや、別に男に抱かれたい訳でもないんだが、ダニスなら平気だと思ってしまったのも事実で……いや、だから私は何を考えて……とアランの頭の中がぐるぐるしていた。
その本人は、呆れてしまったのか、ソファーで寝てしまっていた。
「……道は見えたのだろうか」
キュッと枕を掴んでる手に力がこもる。
ダニスの力を貸すという申し出は、驚いたのもあるのだが嬉しかった。勿論、ダニス自身にも宰相ガブリエルに用があるという点で、利害は一致している。
だから、その言葉に安堵した。
先行きが見えない現状から、その言葉はアランにとってとても力強いものだった。だから、一瞬聞き間違えなのかと思ってしまった。
例え、もしガブリエルが追ってるアランを利用する可能性があるとしも、路地で倒れてる所を助けられ匿ってもらっている今、アランに取ってダニスは恩人でもある。
あの時、兵に見つかってれば、それこそただの人形にされていたのかもしれない。
「……くっ……」
突然の低い呻き声にアランは埋めていた顔を上げた。ダニスから聞こえたその声の先には、胸ぐらを掴んで息苦しそうにしている。
今まで見たことないダニスの様子に、アランは起き上がりまだ足腰がままらないので、ふらつきながらも、ダニスの側に近づく。
「ダニス……?」
顔色を見れば、汗ばんで息も荒い。アランが声を掛けたのに気づいていないという事は、魘されている。
体を軽く揺すって何度か声をかけると、はっとダニスが目を覚ませば、まだ息を乱してアランの顔を見ては何処かまだ意識がハッキリしていなさそうだった。
アランは、呆然とした。あんなに冷静なダニスがこんな姿を見せるのが意外だった、それにまだ顔色が悪く青ざめていた。
「誰か呼んでくる」
アランではこの状態が何なのか分からない。ティムかボーンを呼んできた方がいいと、立ち上がろうした瞬間、ダニスに腕を掴まれた。
腕を引っ張られ元々ふらついてた体は支える力もなく勢いよくダニスの上に体ごと乗っかってしまうと、そのまま力強く抱きしめられてしまった。
「え?え!??」
「……呼ばなくていい。暫くそのままでいてくれ」
アランは、訳がわからず突然抱きしめられた事に心臓がばくばくと鳴って、顔が熱くなった。
密着してる事で、心臓の音が聞こえそうだと焦る。ダニスがゆっくりと深呼吸を何度かしてるのに気づいて動くにも動けずにアランは動揺していた。
今の心境を一言で言うと、とても恥ずかしい。
何がなんだか分からないまま、数分してからダニスが息をゆっくり吐くと、腕の力が弱まってアランを抱えたまま体を起こした。
「悪いな、昔から夢見が悪いだけだ……大した事じゃない」
そう言葉にするダニスだが、顔色はまだ悪いまま前髪をかけ上げて頭を押さえている。どこか疲れた顔をして、ダニスは立ち上がるのに、無意識にアランはダニスの袖を掴んだ。
正直まだアランの心臓はうるさいくらい脈を打っているが、それよりも滅多に見せないダニスの弱りきった顔の方が心配だった。
「少し1人にさせてくれ」
タバコの入った箱を掴むと、部屋から出て行こうとする。
「もしかして、人肌がないと寝れないって言ってたのはそのせいなのか?」
ダニス一度止まってから、ああ、とだけ返事を返して部屋を出て行った。
だとすれば、最初に出会った時も他の時も、抱き枕代わりにされた理由に繋がる。昔からと言っていたと言うことは、簡単に治るものではないのだろう。
ここにいる時は、誰も入れないとティムが言っていたのなら、その間はずっとあんな青い顔をしていたのだろうか。アランは、ダニスが出ていった閉まった扉を心配気に見た。
夕方だった空は、日が落ちて鮮やかな夕焼けはすっかり夜空に星空が輝いていた。
ダニスは、風に当たろうとバルコニーに出ていた。タバコを出そうとして、火を付けるマッチを持ってくるのを忘れていた事に気づく。ため息を吐こうとした時、サッと横から火が着いたマッチを差し出された。
「あんまりその状態で狙われやすい所に出ないでくだせぇ」
差し出された先に居たのはボーンだった。
この闇組織に入ってから長い付き合いのボーンとティムには、夢見が悪い事を知っている。拠点に戻ればよくある事だけに、今ダニスの顔色が悪かろうとボーンがそれ以上口を出してくる事は無かった。
助かる、とタバコに火を付け一服吸って、気持ちを落ち着かせた。
「風くらい当たらせろ。」
タバコの煙が風で流れていくのを眺めていると、屋根から身軽にティムが降りてきた。
「せっかく治療薬が側にいるんだから、何やってるんッスか」
「うるさい。……あれはこの国の王子だぞ」
軽口を叩くティムにそろそろ嫌気が差してきたダニスは、周囲にその2人しか居ないのを確認してから告げた。
2人は、同時に驚いた。
ボーンは、サングラスをしているが掛け直し出し、ティムは、これは意外にも目を点にしている。
「なんだ、ティムは分かっててワザとやってるのかと思ってたんだがな。お前の腕も落ちたんじゃないか?」
揶揄うように言えば、ティムは目を泳がせて顳顬を掻いた。
「ダニスさんそれは意地が悪いっス。流石にこんな所にそんな人物を匿ってるとは思わないですって……道理で兵も捜索を諦めない訳で」
ティムが異様に焦ってる様子見て、鼻で笑い返す。王子に薬を持った事に少なくとも罪悪感を感じているんだろう。
「もう十分遊んだだろ、そろそろ本格的に働いてもらうぞ。」
「ウイッス!誤情報の拡散ッスね。……と、本題忘れてました。」
それを先に言え。とダニスは怪訝な顔でティムは見る。ティムは、相変わらずのお調子者ぷりに軽く笑って見せた。
「昼間のダニスさんに会わせろって言ってた奴なんですが、やっぱり兵士とやりとりしてる所を目撃しました。それで、その兵の元を追ってみたんですけど、どうやらダニスさんが嫌いな隊の所が探り入れてきてますね」
「……クリス・レブスキーか……」
ティムの言い方で、ダニスが真っ先に思い浮かんだのは、この国で有名な騎士の家系の一つ、レブスキー家だった。
ティムが頷いて、ダニスは眉間にシワを寄せた。
幾度も追い詰めかけられた事があるその隊は、嫌ほど知っている。若い隊長が指揮を取るのは、階級制の国で珍しい訳ではないが、その指揮力は他の隊より群を抜いていた。
厄介な人物が出てきたが……。
「探りを入れてきてるのは分かるが、俺に会う必要がある……だと?」
「確かに少し妙ッスね」
ああ、とダニスは頷くいた。
もし仮に王子を連れて戻るだけなら、ある程度の可能性で、クリス・レブスキーという男なら、とっくにもっと派手な動きを見せている。兵の行動も分かりやすく変わって、拠点の位置を探って来ててもおかしくはない。
それが、1人の内通者を通してこうようとしている。
「……拠点位置がバレても面倒だな。ここは少し賭けてみるか。」
「え、まさか……」
「その探り入れてる奴にワザと移動先の情報を流せ」
ダニスは2人に不適に笑ってみせた。
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