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Trac01 Santa Baby/アーサ・キット①
『ーーーーサンタさんお願いよ
今夜、早く煙突から降りてきて』
アーサ・キット/Santa Baby
「へ?嘘だろオイ」
俺は電子ピアノの鍵盤を連打した。
コードの接続を確認したり、電源を入れ直しても、愛用してきた電子ピアノはうんともすんとも言わない。
「あー・・・マジかよ・・・」
「ガキの頃から使ってたんだろ?よくもったよ」
さっきまで一緒に演奏していたユウジがギターを下ろす。
「しょうがねえな、処分するか」
椅子から立ち上がると、ユウジは泡食って
「いいのか?ユカリの形見なんだろ?」
「そうだけど、置いておいても場所を取るだけだろ」
形見だろうがなんだろうが、モノはモノだ。
これには思い出なんて大層なものは無くて、姉ちゃんとケンカしてた記憶しかない。
ガキの頃、姉ちゃんがピアノを弾いてると、俺もやると押し合いのケンカになって、それを見た親が俺も習わせるようになった。
そしたら弾くのが嫌になって、練習しろって親に怒られて、今度はお前が弾け、と押し付けあいになった。
それでも姉ちゃんが気紛れに弾いていると、やっぱり触りたくなって取り合いしていた。
今だったら、勝手に捨てるなって言い争いになっていたかもしれない。
リビングに飾ってある、姉ちゃんの遺影と骨壺の包みを見る。写真の中の姉ちゃんはピースサインを向けて笑っているだけだ。
悪りぃな姉ちゃん。嫁入りにまで持ってきたのにな。
でもユウジと演奏できなくなると困るんだよ。
さ、まずは金貯めないとな。
バイト先に行くと、絶妙なタイミングで店長から
「オイ、ハジメ。バイトやらねえか」
って誘いがあった。
「俺の知り合いがバーをやっててな、ピアノ弾ける奴募集してんだよ。短期だけどな」
「やります」
即答した。
期間は12月の頭から25日までとひと月もない。でも時給を聞くと、ここより遥かによかった。
少しは足しになるだろう。でも、セックスはしばらくおあずけかな。
「それ、歌手は募集してませんか?」
俺と同じくバイトのアリサが口を挟んできた。コイツも金欠か?
「してねえな」
「あの、ボランティアでもいいので、人前で歌わせてもらえませんか?
その、クリスマスだけでも・・・」
アリサはちらりと俺を見る。ん?なんでこっちを見た。
「それはお前が交渉するんだな。ハジメと一緒に店行って来い」
一応面接があるみたいで、履歴書は要らないけどピアノを弾く必要があるらしい。
次の日の夜、バイトを少し早めに抜けてアリサとバーに向かった。
「なんでアリサまで来るんだよ」
「いいじゃない別に」
電車に乗って駅を2つ通過して、改札を通る。
「あれか?クリスマスにぼっちが嫌だとかいうヤツか?」
「違うわよ、今はギターが恋人だもん」
「ユウジと同じようなこと言ってんな」
「アンタこそユウジさんの話ばっかり」
「んなことねえよ」
繁華街に向かう。心なしか赤と白と緑の装飾が多くて、小さなツリーがあちこちの店の窓から覗いている。店長の話では、バーはビルの3階にある隠れ家的なところらしい。
「そう言えばアンタよく引き受けたわね。めんどいとか言って断りそうなのに」
「うちにあるピアノ壊れちまってさ。処分しようとしたらユウジが」
「それよ、それ!」
アリサは俺を指差す。
そうこうしているうちに、店長が言ってたビルに着いた。
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