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第一章・16

 できれば弟に家督を託し、自分はエンジニアになりたいと願っていた雅臣に、これは辛い約束だった。  誰にも明かしたことはない夢だったが、父は察していたに違いない。 (でも、これで小室くんとその家族が助かる)  それだけが救いの、雅臣だった。  父の部屋を後にし、オーディオルームへ籠った。  時代がかったステレオで聴くレコードは、バッハのピアノ曲集。  その中には、空が弾いてくれた『主よ、人の望みの喜びよ』も収録されていた。  しみじみと、音色に浸りながら空を想う。  こんなに難易度の高い曲を、一度聞いただけで完璧に弾きこなすその腕は、ただ者じゃない。  しかし、とも思う。  そんな彼を買った人間が私だと知ったら、どう感じるだろう。  オークションで人を買う人間の目的など、知れている。  臓器移植か、性玩具。  そんな輩の仲間入りはしたくない雅臣だったが、金の力に頼るしかないのは事実だ。  小室くんに、軽蔑されませんように。  そう願うしかない、雅臣だった。

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