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「もしもし、倉持様のお電話でしょうか。私、松田と申しまして、2年A組で慧さんと仲良くさせていただいている松田尚也の父親でございます。はい。いえ、こちらこそ、いつもお世話になっております」
電話に出るのは大体母だから、突然クラスメイトの父親から電話なんてかかってきたら、さぞかしびっくりしているだろうと思う。
加えて、この丁重すぎる言葉遣いだから、なおさら。
「実は、愚息が慧さんにご迷惑をおかけしていると聞きまして、お詫びをさせて頂きたくお電話差し上げました。はい、ええ。昨日からうちに泊まりに来ているのですが、飛び出してきてしまったのだと、さきほど慧さんから話を聞きまして……」
昨晩から居たことにしてくれた。これはありがたい。
「それで息子も交えて話しましたところ、慧さんのことを深夜まで引き止めてしまったり、ご両親に許可なく泊まりもあったということで、誠に申し訳ありませんでした。いえ、父親として監督不行届きで……本人は、つい楽しくて時間を忘れてしまったと反省しておりますが。本当にご心配をおかけしました、いえ……」
止まらない國彦さんの謝罪。電話の向こうで戸惑う母の姿が目に浮かぶようだ。
「ええ、そういうわけで、遊んでいるのは家の中ですので、ご安心ください」
嘘も方便というのか、これが怖いひとのやり口なのかは分からないけど、いっそ清々しいほどの口八丁だった。
電話を切った國彦さんは、ニコッと笑ったあと、リビングの引き出しから名刺を1枚くれた。
「これ、おじさんの名刺なんだけど。何かあったらいつでも連絡をくださいと言ってもらえるかな?」
「え、いいんですか?」
「もちろん。これからも尚也をよろしくね」
名刺に書かれた社名は、英語が難しくて読めない。
でも、とにかくすごいということは分かった。
あのあと國彦さんは、松田くんと吉野くんを呼び、使えないかもと言いつつ一応澤村くんを起こして桜井くんも引きずってきて、みんなで話をした。
國彦さんが言ったのはこうだ。
青春は一度しかないのだから、学校の外では思い切り遊びなさい。
でも、倉持くんと吉野くんを道連れに授業をサボるのはやめなさい。
……耳触りよく『青春』という言葉を使っていたけど、これで俺は、親公認で不良に飼われることになり、ますます逃げられなくなったのだと思った。
そして日曜の夜、自宅に帰った。
とりあえずごめんなさいと言って、深々と頭を下げる。
相手の父親から謝罪電話が入ったということは父も聞いているようで、おかげで、怒らずに話を聞いてくれた。
「……そういうわけで、これからも松田くんの家に泊まったりするけど、文句言わないで。授業はちゃんと出る」
「分かった」
「あと、何かあったら直接お電話くださいって、松田くんのお父さんから名刺預かってる」
テーブルの上に名刺を置いた。
「松田くんの家ってすごくお金持ちなんだけど、なんか、米国公認会計士? の事務所? をやってるから、お仕事関係でお困りのことがあったら、お気軽にご相談くださいって言ってた」
うちの親が、アメリカのお金のことなんかに縁があるわけがない。
慣れた風に言っていたから、きっとこれが、相手の親を黙らせる常套 手段なんだろうなと思う。
そしてこれはなんとなくの想像だけど、3人があまり先生に目をつけられないのは、松田家が学校にたくさん寄付したりしてるのかもなとも思った。
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