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翌朝土曜日、どうしても行くあてもお金もない俺たちは、仕方なく松田くんに電話をした。
松田くんは、『なんで昨日のうちに連絡しなかったんだ』『すぐうちに来なさい』と叱りつけて電話を切ったけど、現れた俺の首筋についたキスマークを見て、しばし閉口した後、どうぞと言って静かに招き入れてくれた。
部屋には、二日酔いで死にかけの桜井くんと、爆睡する澤村くんが転がっている。
「どうしたんですか?」
「ちょっとバカな飲み方してただけ。丁半 で負けたら一気。ほんとバカだよねってことでこいつらのことは放っといていいんだけど……それにしてもまあ……ゆうべはお楽しみだったのね?」
「あ……えっと……」
恥ずかしくてうつむく。ちょっと吉野くんの服の裾を掴んだら、吉野くんもさっと目をそらした。
「そんなんじゃ家に帰れないでしょ。消えるまでうち泊まっていいよ」
「いえ、そんな。そこまでしてもらわなくて平気です」
慌てて首を横に振ったけど、松田くんは眉間にしわを寄せた。
「いやいやいや。家飛び出して帰ってきた息子がキスマークくっつけて帰ってきたら、追求されまくるに決まってるでしょ。俺たちのこと言われると本当迷惑だから」
あ、そうか。うちの親にバレると、迷惑をかけてしまうのか。
これはしばらく帰してもらえなさそう。
と、その時、後ろからうめき声が聞こえた。
「なおちゃーん……みず……」
「うるさいな、自分で取ってきてよ」
「冷たい、尚ちゃんが冷たい」
「あ、俺取ってきますっ」
慌てて1階のリビングへ降り、豪華なアイランドキッチンの奥にある冷蔵庫を失礼して、ミネラルウォーターを手に取る。
すると、後ろから低くのびやかな声が聞こえた。
「ああ、君」
振り返ると、松田くんのお父さんがいた。
「あ……倉持です。お邪魔してます。すみません、勝手に冷蔵庫開けて……」
「いやいや、いいんだよ。うちの愚息がいつも引っ張り回してるみたいで、悪いね」
「いえ、全然……」
社会的地位の高そうな、エリートビジネスマンって感じのひと。
これで法スレスレの怖い商売をしているというのだから、人は見た目じゃ分からない。
松田くんが学校でどうなのかとかは分かっているだろうし、俺たちがどういう立場なのかも、多分全部知ってる。
以前立ち聞きしてしまった松田親子の会話は、『ペットが金儲けに使えなくなった』という息子の相談に、『彼らを使って商売するのは自分の身を滅ぼすから、直接金銭に関わらない使い方をしなさい』という、絶望的なアドバイスをしているところだった。
「今日はうちに泊まるのかい?」
「あ、はい。実はちょっと……親と喧嘩して飛び出してきちゃって……すみません」
何日帰してもらえないか分からないので正直に言うと、お父さんは「ふうん」と言って眉をひょいと上げた。
「良ければ君と少し話をしたいんだけど、どうかな?」
「え? あ、えと、はい。ご迷惑じゃなければ」
とりあえず桜井くんに水を届け、松田くんに『お父さんと話してくる』と報告して、リビングへ戻った。
「改めまして、尚也の父の松田國彦 です。いつも息子と仲良くしてくれてありがとう」
「いえ。こっちが面倒見てもらってて……」
友達のお父さんと話したことなんてないから、ど緊張してしまう。
「それで、倉持くん。どうしてご家族と喧嘩しちゃったのかな?」
「なんか、外で遊ぶのに、帰りが遅いとか泊まっちゃダメとか、ちょっと厳しくて」
國彦さんは、苦笑いしてちょこっと頭を下げた。
「やっぱり尚也か。申し訳ない」
「いえ、違います。自分ですっ」
慌てて否定すると、國彦さんは笑いながらゆっくりとうなずいた。
「男の子はやんちゃも必要だよね。おじさんも、泊まるくらいは若い頃はいくらでもしたし、親の言うことが鬱陶しいのもよく分かるよ」
裏があるかもとは思いつつ、優しい言葉で理解を示すようなことを言われると、つい、本音の相談をしてしまう。
「恥ずかしいんですけど、自分、中学は引きこもって部屋からほとんど出てなくて……親に迷惑かけてるから強く言えないんです」
國彦さんは、少し首をかしげて、にっこり笑った。
「親というのは、子供の迷惑をこうむるのが仕事だからね。そんなのは気にしなくていいと思うよ」
「そうなんでしょうか」
なんと言っていいか分からずもじもじしていると、國彦さんが、ぽんとひざを打った。
「そうだ。おじさんから倉持くんのご両親に電話してあげるよ。うちに泊まっているとちゃんと分かっていただければ、安心されるんじゃないかな」
「えっ? いや、そんなわざわざ申し訳ないです」
「もちろん、倉持くんが嫌じゃなければ、だけど。どう?」
「あ、えと、嫌とかじゃないです。ただ申し訳ないだけで」
「いいのいいの」
親切はありがたいような、親同士なんて大それたことになっちゃって大丈夫なのか……しかも松田くん本人の許可を取っていないし。
松田くんは俺の親に知られると困るというようなことを言っていたから、あとで蹴り飛ばされるんじゃないかとか、怖くなる。
しかし國彦さんは、そんなことは構わず、クラス連絡網から俺の家の番号を見つけて、さっさとかけ始めてしまった。
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