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番外編⑨ Yule
夜明け前にソラスに揺り起こされた。
今日からアドベントに入る。街では聖ルチア祭が行われ、至る所でサンタ・ルチアが歌われるだろう。
クリスマスやユールの準備にソラスは興味津々で、プレゼントを待つ子どものように目を輝かせている。
ソラスを宥めながら朝食を拵える。炙ったパンに夏の間にとったベリーを煮詰めたジャムやマーマレードをつけて食べた。大学に勤め始めたことで、砂糖が買えるだけの給金を貰えるようになったのがありがたい。
「さて、まず掃除からだな」
ソラスも私も整頓が得意な方ではなく、つい使った油差しやコップ、栞や本をあちこちに置きがちだ。
それらを片っ端から机の上に集めて、天井の梁に溜まった埃を落として床を履く。部屋の隅に潜んでいた埃蜘蛛 の巣を払い、火喰いトカゲ を暖炉から追い立て灰を掻き出す。一匹でも殺せば何が起こるかわからないので神経を使った。
掃除だけで一日かかり、それだけで休日は潰れてしまった。大学は24日からクリスマス休暇に入る。講義のある日は休暇に向け必死で仕事を消化した。
23日が冬至 だ。一年で一番日が短くなり、闇が深くなる。それに対抗するために、一番大きな薪 を前の晩から12日間燃やし続けねばならない。
それまでにやるべきことは山ほどあった。
講義の合間を縫って家の中に飾る常緑樹を採りに行った。冬でも緑の葉をつけるモミの木や柊は生命力や永遠の命の象徴である。毛皮と魚の皮で作ったブーツで雪の森を進んだ。足はふくらはぎまで沈み根雪を踏み締める。
ソラスが赤い実をつけた柊を見つけた。柊は魔除けになる。剪定ハサミで切り取り籠にいれた。
木に絡みつくアイビーも採り、これでリースを作る。
ソラスの白い頬は寒さで赤く色づいていた。しかしまだまだ元気いっぱいで、ヤドリギを見つけたと雪を掻き分けていった。
ヤドリギはオークに絡みつき、はるか頭上の枝の間で鳥の巣のように丸まっている。竜の姿になって採ってもよかったのだが、周りの木を倒してしまう。
ソラスは呪文を紡いだ。キンと冷えた空気に美しい旋律が波紋のように響き渡る。風がオークの枝を揺すぶったかと思えばヤドリギが次々と落ちてきて、私とソラスは慌てて布を広げ右往左往しながら受け止めた。
採ってきたばかりのヤドリギは玄関に飾った。この下では誰とでもキスができる。私とソラスは目が合うと微笑み合い、唇を重ねた。
柊とアイビーのリースを作って飾ったり、クリスマスプディングや蜂蜜酒の出来を確かめたり、必要なものを人間の世界に買いに行ったりするうちに、あっという間にクリスマスがやってきた。
悪戯な隣人たちがやってこないようヘーゼルナッツを野鼠の奥方に譲りうけ、ヤドリギの下でいつものようにキスを交わす。
「僕にもして欲しいなあ」
金髪碧眼の美男の顔が視界に入り、私は顔を顰めた。
フロックコートに山高帽、ステッキを携えたカーディスは私の家の中からドアを開けていた。
「勝手に家に入るな」
「失敬。道を繋げたらこちらにつながってしまってね。さあキスしておくれ」
ソラスに向かって両腕を広げるカーディスに、ソラスはちらりと私を見る。
「ソラスを困らせるな。そこをどけ。中に入れない」
「つれないなあ、では君にもしてあげよう」
カーディスは私の頬にキスをしてきた。
何をする、と怒鳴る前にソラスが私の腕にしがみつき駄目!とカーディスを叱る。
「これはこれは」
とカーディスはソラスを見つめながら目を細める。
「さあ入りたまえ」
「お前の家ではないのだがな」
そう言いながら扉を潜れば、タウンハウスの一室に足を踏み入れていた。テーブルにはクリスマスハムやポテト、にんじん、グリンピースが添えられたターキー、クリスマスプディングやミンスパイが用意され、暖炉には薪が燃えている。
「さあ、いただこうか。シルキー、シャンパンを」
客間女中 の姿をしたしもべ妖精がワゴンを押して部屋に入ってきた。
「待て、何を要求するつもりだ」
「一緒にクリスマスを過ごしてくれればいいよ」
「それだけでは」
「それに独りでは食べきれないよ」
カーディスは肩をすくめる。
「 ?」
寂しいの?とソラスはカーディスに緑の眼を真っ直ぐ向けた。カーディスは笑顔のまま一瞬固まり、
「君にはかなわないなあ」
とソラスの頭にポンと手を置く。
まったく、最初からそうやって誘えばいいものを。
饒舌でいて肝心なところでは口下手な友人の為に、私とソラスはテーブルにつきグラスを合わせたのであった。
たらふく食べた後は泊まっていくよう勧められた。ふかふかの寝床や温かい部屋の誘惑に勝てず了承する。
部屋に入るとカーディスに教えられた通り暖炉にミルクとクッキーを置いた。クリスマスの小人への礼らしい。
この日まで働き詰めだった私たちは、体を横たえて抱き合うと瞬く間に微睡に落ちて眠ってしまった。
朝目覚めれば、部屋に飾られたモミの木の下に包装紙で包まれた箱があった。
ミルクとクッキーは消えていた。プレゼントをもらう年でもないのだが。
開ければ魔術の書籍や春野菜の種が入っていた。
ちょうどソラスが魔術に興味を持ち始め、手放したことを悔やんだ物である。春野菜の種もそろそろ用意しようと思っていたところだ。
あやつ私たちの生活を覗き見しているわけではあるまいな?
「 」
ソラスはさっそく本を開き、なんと書いてあるのか尋ねてくる。オーベリウス・ラインハルト著の『魔術基礎』か。医療従事者でもあった彼は治癒分野の第一人者であるが、それよりも史上最年少の宮廷魔術師を育てたことで有名だ。そんな彼の指南書は飛ぶように売れたという。初心者にはやや高度な内容だが、易しい言葉で分かりやすく説明している。専門用語の解説まである。
やっと簡単な読み書きができるようになったばかりのソラスにうってつけだ。
本に夢中になっている間に、シルキーが部屋をノックし朝食ができたと呼びにきた。慌てて着替えて昨晩と同じ部屋に通される。
カーディスはすでに髪も服も整えて席に着いていた。
「クリスマスの小人はやってきたようだね」
この覗き魔 め。
「今度はうちに来るといい。どうせ新年も独り身なのだろう」
言いながら席に着けば、カーディスは目を丸くした。
「また勝手に連れ出されては敵わんからな。ソラス、どうだい?」
ソラスは緑の眼をパチパチさせ、ニッコリ笑って頷いた。
「 」
「待ってくれ、カーディスと私が似たもの同士とはどういう意味だい?」
カーディスは声を上げて笑った。シルキーでさえふいと顔を背け肩を震わせている。
「そうだね、また来年も仲良くしてくれると嬉しいよ」
「せめて電報か手紙を寄越せ。突然来るな」
「そうしたらいつでも行っていいってこと?」
「そうは言って・・・好きにしろ」
やはりこいつに付き合わされるのは疲れる。しかし来年もなんだかんだとクリスマスを共に過ごしているような、そんな予感がした。
end
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