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番外編⑧ 花咲く寝台
ソラスの口から甘い声が零れ落ちる。
頭を支えて、後ろにしなる白い喉に唇を寄せれば、花のような香りが濃くなった。
いや、本当に瑞々しく微かに青い野草の匂いがーーーーー
ソラスから身体を離し、寝台を俯瞰する。枕元に、白い小さな花があった。手でがくを掬うが、本当に木の合わせ目から花が生えており抜けない。ソラスもうつ伏せになり、しげしげとその花を見ている。
種でも入り込んだのだろうか。ここ"かの国"では何が起こっても不思議ではない。明日の朝にでも菜園に植え替えておこう。
花を潰してしまわぬよう、少し離れてソラスと口付ける。深く舌が潜るたびに口内が熱くなる。手を重ね合わせて掌をなぞるだけで、ソラスの指先がピクリと動いた。敏感なソラスの身体を撫でれば、吐息に掠れた声が混じり始める。濃くなるソラスの香りに溺れ、私の手は気ままに服の下を泳いだ。
しかし、シャツを脱ごうと身体を起こしたとき気づいてしまった。
花が、増えている。先程は枕元に一輪だけ生えていたはずなのに、ソラスの顔のすぐ横にも、私の膝の下にも、寝台を照らすランプの下にまで。
『 ?』
どうしたの、と熱に浮かされたように聞くソラスの髪の間から、緑の茎が顔を出し、蕾が綻び、白い花が咲いた。思わずソラスを起こして抱き寄せる。ソラスが腕の中で猫の子がむずがる様な声を出せば、もう一つ白い花が現れた。
「花が増えている」
ソラスは夢から覚めたようにパッチリ目を開き、寝台を振り放見 れば驚きの声を上げた。またぴょこんとシーツから花が出てくる。
もしや、ソラスの声に反応しているのだろうか。
私は眼鏡をかけ、花をまじまじと観察する。やはり魔力は微かに感じるが、邪な魔力の気配も毒の匂いもしない。本棚に向かい図鑑を漁るが、それらしいものはない。恐る恐る一つ摘み取っても、特に何も起こらなかった。
となると人為的なものだろうか。カーディスならこの手の悪戯をやりかねんが、最近は姿を見せていないし大学でも植物を取り扱った覚えはない。
文献をパラパラとめくりながら寝台に目をやる。
隅の方でソラスが眉間に皺を寄せ、枕を抱き抱えていた。
そうだ、あの花はソラスの声に反応していた。彼の身体に変調をきたしているのかもしれない。調子が悪いのかと聞けば、ソラスは、貴方はいつもそればかりだ、と枕に顔を沈ませる。
『 』
興味を持ったら一直線で、自分には見向きもしないと棘を刺す。しかし、その度にソラスの足元では白い花がぽんぽんと咲くものだからどこか微笑ましく感じてしまった。また、拗ねていただけだと分かりほっとする。
「すまなかったね。でもソラスに害のあるものだといけないだろう」
頭を撫でれば、少し間を置いて素直に頷いた。
ソラスは私の眼鏡を外し、何か言いたげにじっと目を見つめてくる。私が首を傾げていると、両腕を伸ばして広げてきた。ようやくソラスがどうして欲しいのかわかった。私はそこに飛び込んで、ソラスを抱きしめ返した。
朝になっても、何事も起こらなかった。原因は依然として不明だが胸を撫で下ろす。
さて、それにしても今夜からどこで眠れば良いのだろう。ソラスの甘やかな声を一晩浴びた寝台は花だらけで、もう使い物にはならなさそうだった。
end
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