※文字書きワードパレットより ワード 東雲色、指先、願う、お花見 私達は、毛布に包まり夜の森で朝を待っている。 ほぅと息を吐けば白い煙が星空に昇っていく。ソラスの頭がこてんと私の肩に倒れてきた。白い髪が私の頬をくすぐる。彼は眠ってしまったようだ。 ここ"かの国"での生活も、人の姿をとることにも慣れてきた。生活が安定してくると欲がでてくるもので、私の最近の楽しみはもっぱら"隣人"達の記録を取ったり探索に出かける事だ。ソラスも一緒に。調べることは山のようにあり、とにかく時間が惜しかった。 ある時、螺鈿の光沢を持つ黒い蝶が枯れ木の周りを飛んでいた。 "誘蜜蝶"だ。蜜や樹液を探し出す能力が高く、花が咲く前の蕾や樹に寄ってきて場所を陣取り餌を独り占めする。 植物は専門外だが、木の肌や住み着いている虫からして"ミラージュ・ツリー"かも知れない。好奇心が疼いた。夜明けとともに咲く花だと知られている。しかし、文献には"夢のような色"だとか"楽園に植えられたような"などと抽象的な表現しか出て来ず、花の詳しい説明がなされていないのだ。この蝶の羽がここまで光沢を放つということは、もうすぐ咲くに違いない。 『ソラス、先に帰っていなさい。私はもう少し調べてみるよ』 しかしソラスは私と一緒にいると頑として聞き入れず、結局2人して野営をすることとなった。 ソラスはうつらうつらと微睡の中を彷徨っている。貝殻のように繋いだ手の指先は少し冷たい。 『家に帰るかい、送っていくよ』 ソラスは首を振る。貴方は目を離すとすぐ何処へ行ってしまう、と不満げに私を睨め付ける。 『 』 どこにも行かないで、とぽつりと漏らすソラスの瞳と唇が寂しげで、肩を抱き寄せ口付けた。 『わかったよ、決してソラスを1人にしない。約束するよ』 ソラスの白い頬に少し赤みがさし、こくりと頷く。これからは、この愛しいエルフを甘やかすことも忘れてはならないな。 寄り添っていれば私もいつの間にか眠っていたらしく、気づけば夜が明けていた。 地平線から太陽が光の帯を伸ばしている。樹に花は見当たらなかった。不発であったか。仕方がない。それに、私は何を急いでいたのだろう。私もソラスも人間よりずっと長命であるし、ここを終の住処と決めたのだ。時間はいくらでもある。 ソラスはまだ白く長い睫毛を伏せ寝息を立てている。目が覚めたら帰るとしよう。 その刹那、螺鈿の煌めきが目の端を掠めた。"誘蜜蝶"である。木の枝に止まり、口を伸ばし蜜を吸っているように見える。 光の帯が樹に伸びる。朝日に照らされた瞬間、木の枝はキラキラと光り始めた。ライラックに似た花の輪郭が白く光る。なるほど、透明な花か。 私は急いでソラスを揺り起こす。ソラスは樹を見た瞬間、まだ夢の中にいるの？と目をぱちくりさせた。思わず笑ってしまった。 ガラス細工に似たその花は、夜明けの空の東雲色やアイスブルーを映し万華鏡のように色を変えていく。確かになんとも形容し難い色だ。私は手帳を取り出し記録にしたためようとしたが、はたと手を止めた。子どものように目を輝かせるソラスの横に座り、ただただ美しい景色を共有したのだった。 end