1 / 13

第1話

「ナメた真似するんじゃねぇっ」 「ひぃー、お許しください」  埠頭のとある倉庫。  首筋に入れ墨をした目つきの悪い男に怒鳴られ、高級なスーツに身を包んだ中年の男は身を震わせた。  普段、傅かれる立場であろう男が、外見を気にせず、涙と鼻水を流しながらコンクリートの床に額をこすりつけて許しを請う様は、哀れとしか言いようがない。 「何でもします。お金は全部、渡しますから……どうか、市井さん、お慈悲をください」  中年男の言葉は、目の前の入れ墨男ではなく、その後ろで紫煙をくゆらせている男に向けられている。  185cmを超える長身に、鍛え上げられた肉体。黒髪に整った顔つき。  芸能界でも十分通用しそうなビジュアルだが、隙の無い鋭い目つきが裏の世界の住人であることを如実に表している。  男はタバコを靴でもみ消すと、悠然と微笑んだ。 「消えろ」  男の言葉を合図に、入れ墨男は懐からナイフを取りだした。  中年男の絶叫が、深夜の港に響き渡った。  男の名は、市井(イチイ)。  高田組の若頭。  有名大学の法学部を卒業した格闘技の有段者という異色の経歴の持ち主で、25歳の若さながら、組織のナンバー2の地位を任されている。  頭が恐ろしくキレ、行動力や判断力に優れた、この市井の活躍で、高田組の勢力は一気に拡大した。  市井の怜悧さと冷酷無残さに、誰もが一目を置き、そして恐れていた。 「頭(カシラ)、ご自宅に着きました」  舎弟のマサが高級マンションの最上階へと先導する。  市井の送迎は、このマサが担当している。  マサは、高校を卒業したばかりの18歳。  三白眼のチンピラ顔だが八重歯が可愛い。  マサが玄関の扉を開けると、ボールが勢いよく転がり出た。 「うわっ」  ボールを避けきれずに、マサは、階下に蹴っ飛ばしてしまった。 「頭、す、すみません。すぐに取りに行きます」  水色の何の変哲も無いゴムボールだが、市井の大切にしている物。  大変なことをしてしまったと、顔色を変えて冷汗をかきながら必死で謝罪した。 「いや、別に取りに行かなくていい。いらないボールだから」  市井は、チラリとボールの落ちた方向に視線をやると、興味なさげに呟いた。  マサは、ほっと肩を撫で下ろすと、市井に別れを告げてその場を辞した。 「あれ? こっちに飛んでいったと思ったのに、何でないんだ?」  そのままにすることは出来ずに、植え込み等の敷地内を小一時間探したがボールは見つからない。  明るくなってから探しにこようと、マサは決心した。  その頃、市井は、温かい湯がはられた湯船に身を沈めていた。  今日は、疲れた。  何も考えずに、ゆっくりと寝よう。  湯船の中で目を閉じていると、ポン、ポン、ポンとボールのバウンドする音が聞こえてきた。  その音は、段々、こちらに近づいてくる。  もう、戻ってきやがった。  市井は、思いっきり舌打ちをした。  マサのヤツ、もっと遠くへ蹴っ飛ばせば良かったのに……と怒りはマサに飛び火する。  バスルームの扉が開き、コロコロとボールが転がり込んできた。  ボールは、自ら小さくバウンドするとバシャンと湯船の中に飛び込んだ。  そして、プカプカと浮かびながら、胸元までやってくるとピタリと止まった。  ニョキリと小さな突起が浮かび上がる。  それで市井の乳首を刺激するようにゴロリゴロリと何往復もローリングし始めた。  ボールの色は、水色からピンクに変化している。 「んんっ」  執拗な胸への刺激に、市井は思わず声を漏らした。  単調な刺激なのに、ゾクゾクとした快感が背筋を這いあがってくる。  ボールは、ゴロリゴロリと乳首を苛めていたが、突然、浮力に逆らって湯の中に沈んだ。  市井のペニスが立ち上がったのを察知したからだ。  突起の数は、いつの間にか増えていて、おびただしい数のイボイボになっている。  ボールは、「ニヤリ」という表現がピッタリな仕草で、勃起したペニスの表面に突起を押し付けると、緩急つけながら刺激した。 「あんっ」  市井は、とうとう、ひときわ高い喘声をあげた。  イボイボの一つが尿道口の中に入り込んだ。  痛いけど、気持ちがいい。  市井は、湯の中に白濁を吐き出した。  市井は、毎晩、ボールに体を蹂躙されていた。  後孔による快楽を覚えさせられ、孔という孔の全てを侵された。  市井の体は、すっかり変化してしまっていた。  ボールが何者か、ましてや目的なんてものはわからない。  宇宙からやってきた謎の生物かもしれない。  いや、未来からきた物体かもしれない。  確実なことは、ある日突然、市井の目の前に現れて、市井の体を犯し、そのまま住み着いたということだけだ。  近頃では、このボールに溺愛されているような気がする。  泣く子も黙る、皆が恐れるこの自分が、だ。  しかも、それを心地良く感じる瞬間があるのが腹立たしい。  市井は、「良い子良い子」とまるで幼子の頭を撫でるかのように、体を擦り付けてくる未知の物体にため息を漏らした。

ともだちにシェアしよう!